いま、IoT機器を接続するための新たなIoT無線通信技術として「ローカル5G」や「Wi-Fi6E」が注目されています。とくに低消費電力・長距離通信よりも、高速・大容量通信によるリアルタイム性が優先されるIoTシステムでは、こうした新しい通信規格の普及は朗報と言えるでしょう。今回はローカル5GとWi-Fi6Eに焦点を当て、それぞれの概要やメリットを考えます。
IoTシステムで用いられる通信規格というと、これまでは低消費電力・長距離通信が可能な「LPWA(Low Power Wide Area)」が注目されていました。しかし、LPWAに含まれる通信規格の多くは、通信速度が最大でも数kbps~数Mbpsと非常に低速であり、リアタイム性が要求される機器の遠隔監視・制御には向いていません。そのため、通信性能を重視したIoTシステムでは構内に無線LAN(Wi-Fi)を設置するか、4G/LTEの通信回線を利用することが一般的ですが、それでも通信トラフィックの集中による遅延の発生を回避することが困難でした。
そうしたなか、新しい通信規格として登場したのが「高速・大容量」「低遅延」「多接続」を特徴とする5G(第5世代移動通信システム)です。日本国内では2020年3月に商用サービスが始まり、通信キャリアによる5G基地局の設置が順調に進んだことで、2023年度末には人口カバー率95%になる見込みです。しかしながら、現時点の5Gネットワークには問題点も指摘されています。とくに4G/LTE周波数帯の一部を5Gに転用し、実際の通信速度が4G/LTEと大きな差がないケースも多く、5Gの特徴を完全に引き出せていないのが実情です。
そこで、5Gの能力を十分に活用するために、企業や自治体が自前の5Gネットワークを構築する動きがでてきました。それが「ローカル5G」です。通信キャリアが提供するパブリック5Gとは違い、企業や自治体が独自に基地局を設置し、事業所内や一部地域など特定エリアに限定した利用が可能な5Gネットワークのことです。
このローカル5Gにはさまざまなメリットがあります。一番のメリットは、パブリック5Gの通信エリア外であっても導入でき、「高速・大容量」「低遅延」「多接続」の5Gネットワークを運用できることです。通信キャリアに依存しないため、大規模な通信障害が発生したとしても影響を受けることはありません。特定エリア内の通信に用いられるWi-Fiよりも広範囲をカバーし、多数の同時接続も可能です。一方で通信可能な範囲を制御できるので、なりすましによる不正アクセスや外部への情報漏えいといったセキュリティリスクも低減できます。ただし、基地局の設置やネットワークの構築にコストがかかり、電波利用料も発生することに注意が必要です。
ローカル5Gはすでに多数の企業や自治体で導入に向けた実証実験が進められています。例えば、建設業の工事現場で活躍する建設機械の遠隔監視・制御、製造業の工場で稼働する生産設備・機器の監視・制御にローカル5Gの活用を検討する企業があります。また、自治体の河川・橋梁監視といった防災領域、スマート農場における農作物管理といった農業領域にも事例があります。
図1●ローカル5Gの活用イメージ
(出所:総務省, https://www.soumu.go.jp/soutsu/kinki/policy/l5g_image.html)
一方、IoTシステムを展開しているエリアがそこまで広くない場合は、ローカル5Gを導入するよりも無線LAN環境を整備するほうが適しています。しかし無線LANにはIoTシステムを構成する各種デバイスだけでなく、パソコンやスマートフォンなども接続し、ネットワークを共有する場合が少なくありません。このとき、通信量の多いビデオ会議システムやクラウドサービスを利用すると、処理能力が追いつかずに遅延やエラーが頻発することもあり得ます。
このような事態を回避するには、2020年に登場した最新規格「Wi-Fi6(IEEE802.11ax)」にWi-Fi環境を更改するとよいでしょう。Wi-Fi6は、従来の「Wi-Fi5(IEEE802.11ac)」に比べてさまざまな優位性があります。例えば、Wi-Fi5の最大転送レートは約6.9Gbps(理論値)なのに対し、Wi-Fi6は約9.6Gbps(理論値)でおよそ1.4倍も高速です。また、5GHz帯のみに対応するWi-Fi5と異なり、Wi-Fi6は2.4GHz帯と5GHz帯の両方に対応。それらの帯域を併用することで、より安定した通信が可能になっています。
さらにWi-Fi6の特徴と言えるのが、6GHz帯に対応した「Wi-Fi6E」に拡張できることです。2.4/5GHz帯を利用するWi-Fi6は、下位互換性の問題から古い規格に対応したデバイスが数多く混在しているときにスループットが低下するという課題があります。しかし2.4/5GHz帯に加え、新しい周波数帯域の6GHz帯に対応するWi-Fi6Eへと拡張すれば、低速なデバイスの影響によりスループットが低下することもありません。つまり、高精細映像をリアルタイムに伝送する医療機器や工場設備の遠隔監視・制御といったIoTシステムを、高速かつ安定して利用できるというメリットが得られます。
現在、Wi-Fi6/Wi-Fi6Eに対応したルーターやアクセスポイント、パソコン、スマートフォンが続々と登場してきており、すでに市場が立ち上がっている状況です。ただし日本国内では、Wi-Fi6Eが対応する6GHz帯を固定通信、衛星通信、放送中継システムなどが使用しているため、無線LANとしての利用は認められていません。これら既存システムとの周波数共用の検討が総務省によって進められており、2022年末までには無線局免許が不要の周波数帯(アンライセンスバンド)として認可が下りる見通しです。
6GHz帯無線LANの技術概要
■ 6GHz帯無線LANは、IEEE802.11axの国際規格に基づきチャネル配置とチャネル幅を決定。(5925-7125MHz帯において20MHz幅、40MHz幅、80MHz幅、および160MHz幅の4つを規格化)
■ 出力については、さまざまなシーンでの利用を考慮し、①屋内外での利用を認める標準電力(Standard Power:SP)モード、②屋内のみ使用可能な低電力(Low Power Indoor:LPI)モード、③送信電力を小さくすることでデバイスの運用・実装を制限しない超低電力(Very Low Power:VLP)モードの3つを想定。日本ではLPI、VLPの2つが認可される予定。
図2●チャネルと周波数配置
(出所:総務省 情報通信審議会 情報通信技術分科会 陸上無線通信委員会 報告概要,
https://www.soumu.go.jp/main_content/000810603.pdf)
ここまでローカル5GとWi-Fi6Eの概要とメリットを中心に紹介してきましたが、IoTシステムに適した無線通信技術は他にも存在します。その一つが「プライベートLTE」です。
プライベートLTEはまさに、4G/LTEネットワークを独自に構築・運用するものであり、「Wi-Fiよりも電波干渉が少なく安定した通信が可能」「基地局とデバイスの切り替え(ハンドオーバー)がシームレスに行える」「SIM認証など高度なセキュリティが利用できる」といったメリットがあります。PHS周波数帯(1.9GHz)を利用した自営通信方式のsXGP(shared eXtended Global Platform)は、免許不要で構築できることも特徴です。現時点では対応機器が少なく構内PHSほどの普及には至っていないものの、今後は周波数帯の拡張などの検討が取り沙汰されており、ローカル5Gと相互に補完し合う技術としても期待されています。
無線LANについては、次世代規格「Wi-Fi7(IEEE802.11be)」が2024年までに策定される予定です。Wi-Fi7は、Wi-Fi6Eと同じく2.4/5/6GHz帯の利用を想定し、最大転送レートは約46Gbps(理論値)になると言われています。
こうした新しい通信技術が続々と登場してくることで、IoTシステムの通信環境はさらに高度化していくことでしょう。
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富樫純一 / Junichi Togashi
ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。