コラム

DXの実現に必要不可欠
デジタル技術要素「ABCD」とは?

デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するためのデジタル技術要素として、「ABCD」というキーワードを挙げる企業が増えています。DXの加速につながるABCDとは、どのようなデジタル技術を指すのでしょうか。ABCDの意味とDX推進に果たす役割について考えてみます。

DXを支えるデジタル技術とは

経済産業省が2018年に公開した「DXレポート」では、老朽化・複雑化・ブラックボックス化したレガシーシステムの課題を克服しない限り、2025年以降に大きな経済損失を被るおそれがあるという警鐘が鳴らされました。これが、いわゆる「2025年の崖」と呼ばれる問題提起ですが、2020年に公開された「DXレポート2」ではこの部分、すなわち「DX=レガシーシステム刷新」というメッセージが独り歩きしてしまい、「変化に対して迅速に適応し続けるために変革に取り組む」というDXの本質が見逃されていると指摘されました。

 

DXの本質を目指すには、レガシーシステムの刷新だけにとどまらず、新たなビジネスの創出やグローバル展開を実現する変革を推進する必要があります。それを実現するために重要な役割を果たすのが、さまざまな最先端デジタル技術です。

 

そんな最先端デジタル技術を表わす構成要素として、「ABCD」というキーワードを挙げる企業が増えています。このABCDとは、どのようなデジタル技術を指すのでしょうか。

 

企業によって解釈に違いがあるものの、以下にABCDが意味する最先端デジタル技術について解説します。

 

 

図1●DXの実現に必要なデジタル技術要素「ABCD

図1●DXの実現に必要なデジタル技術要素「ABCD」

業務効率化に不可欠な「AI」

まず、ABCDの「A」が表わすデジタル技術が「AI(人工知能)」です。これはABCDを標榜するあらゆる企業に共通しており、AIがいかに重要な要素であるかを示しています。

 

現在のAI技術は「第3次AIブーム」の真っ只中にあると言われています。この第3次AIブームは、機械学習手法の一つであるディープラーニング技術とコンピューティング技術の発展をきっかけに到来しました。これまでのAIブームとは異なり、AI技術を活用した多種多様なサービス(画像認識、音声認識、自然言語処理、予測・推論・制御など)が実用化され、すでに社会に広く浸透するに至っています。

 

主に人間が行っていた作業や判断を自動化するAIは、人手に頼っていた業務を効率化して生産性を高め、人的ミスを排除して正確性を向上させるなど、企業や社会が抱える労働力不足・人材不足を解消するという効果をもたらします。これはまさにDXの取り組みによって解決すべき課題そのものであり、DXにとってAIはなくてはならない構成要素と言えます。とくに膨大なデータを分析処理して適切な判断・予測を提示したり、人間が思いつかない洞察や新たなビジネスの創出につながる発見を得たりなど、AIは欠かせないデジタル技術です。

意思決定に活用する「ビッグデータ」

ABCDの「B」を表わすデジタル技術としては「Big data(ビッグデータ)」や「BI(ビジネスインテリジェンス)」が挙げられます。いずれもデータを分析・可視化して意思決定に活用するという意味で共通しています。

 

ビッグデータは巨大かつ複雑なデータの集合体を表わす用語であり、もともとはデータマイニング(統計学やパターン認識、AIなどの技法を使って知識を探る技術)領域で使われていました。2010年前後からは、従来のデータベースやストレージでは扱うことが困難なほど巨大なデータ群を示すバズワード(定義があいまいな言葉)として定着しました。現在は社内外に散在するデータソースから必要なデータを収集・抽出・保管し、自在に検索・共有・分析できるデータ基盤、およびデータをビジネス価値に変える体系的なアプローチを表わす概念的な言葉として使われています。

 

一方のBIは、ビッグデータの分析結果を可視化したり、レポート出力したりする技術を指しています。ここにはデータアナリティクス(分析・解析)、データマイニング、データビジュアライゼーション(視覚化)技術のほか、データを扱うためのベストプラクティスも含まれます。

 

DXを推進するにはデータ活用が欠かせません。いかにデータを集めたとしても、ビジネスの意思決定に使えなければ意味がないので、膨大なデータを蓄積して多角的に分析し、わかりやすく視覚化する仕組みが絶対に必要です。その役割を果たすデジタル技術がビッグデータやBIなのです。

DXの根幹をなす「クラウド」技術

ABCDの「C」には、意味の異なるいくつかのデジタル技術が挙げられています。その一つが「Cloud(クラウド)」です。

 

クラウドはDXにとって、もはや当たり前と言えるほどDXの根幹をなす技術要素です。経産省のDXレポート2に記載されているDX実現シナリオにも「本格的なDXの実現に向けて、協調領域のクラウド共通プラットフォーム活用を進める」といったように、クラウドという言葉が随所に登場しています。自社のオンプレミス環境に独自のシステム基盤を構築・所有していたのでは、レガシーシステムの課題をいつまでも解消することができません。新しいビジネスに必要なシステム基盤を迅速に立ち上げ、運用・保守にかかる手間やコスト負担を軽減するためにも、DX推進とクラウドは切っても切り離せない関係にあります。また、上述したAI、ビッグデータ、BIはいずれもオンプレミス環境に導入・稼働させることは現実的ではなく、クラウドサービスの利用が前提となります。

 

「C」にはこのほか、クラウド以外の技術要素として「CX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)」を挙げることもあります。あらゆる企業にとって「顧客」は事業の源泉であり、DXに取り組む目的の一つは間違いなく顧客体験の向上です。例えば顧客の声を分析・可視化し、そこから顧客ニーズを拾い上げて新たなビジネスの創出につなげるという技術は、DXに不可欠な構成要素と言えるでしょう。

 

さらにもう一つ、「Cyber Security(サイバーセキュリティ)」を挙げる場合もあります。DXを実施してさまざまな業務変革に取り組むとき、システムやデータ、プロセスの安全性を担保するセキュリティへの取り組みが欠かせないのは言うまでもないことです。

「デザイン思考」の人材を育成する

最後、ABCDの「D」が表わす技術要素も複数あります。一つは「Data Integration(データ統合)」です。DXを実現するためには、さまざまな業務システムに散在する多様な形式のデータを集約・統合したうえで業務や分析に使える形へ変換する必要があるという意味であり、上述したビッグデータとほぼ同じと考えても差し支えありません。

 

別の解釈としてよく挙げられるのが「Design Thinking(デザイン思考)」です。DXを推進するには、ビジネスや顧客の課題を探し、そこに隠された潜在的欲求の仮説を立てながらイノベーションを生み出す発想が求められます。それを可能にする手法がデザイン思考であり、デザイン思考を実務に応用できるデジタル人材を登用・育成することは非常に重要です。

 

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ここまでDXの実現に必要なデジタル技術として、ABCDの頭文字に当てはまる要素を紹介してきましたが、DXに必要とされる技術要素は「ソーシャル」「モビリティ」「IoT」など、ほかにも存在しています。これらのデジタル技術を積極的に取り込んで利用していくことが、DXを成功に導くカギとなります。

 

ただし、最先端デジタル技術を導入したからといって、必ずしもDXを実現できるわけではありません。組織体制、業務プロセス、企業文化・風土、制度・ルールを常に見直しながら、「変化し続ける課題をとらえて変革し続ける」ことが最も重要であることを忘れてはなりません。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。