コラム

IoTシステムにおける「AI活用」の鍵を握る
エッジコンピューティング

IoTで生成される膨大なデータを収集・蓄積し、AIによる分析を行うプラットフォームとして、スケーラブルな特性を持つクラウドが活用されています。ただし、クラウドだけでIoTのあらゆる課題が解決されるわけではありません。データが発生する現場で、瞬時の判断や制御が要求される業務が存在するからです。このニーズに応えるのがエッジコンピューティングで、クラウド上の機械学習や深層学習を経て作成された推論モデルや予測モデルを現場(エッジ)に展開して実行します。

工場のスマート化の核となるAI活用

製造現場にIoTを導入することで、生産ラインの各所に配置された装置や機器、産業ロボット、監視カメラ、各種センサー、作業者が装着したウェアラブルデバイスなどから多岐にわたるデータを、ミリ秒単位といった短いサイクルで収集することが可能となります。また、これらのデータをITシステムに集約することで、各装置や機器の稼働状況、生産実績、不良の発生などをリアルタイムに可視化することも可能となります。

 

例えば多くの工場では、製造現場で起こっている異常やさまざまな問題を現場の責任者にパトランプの色の変化で伝える「アンドン(行灯)」と呼ばれる仕組みが広く導入され、活用されています。このアンドンをIoTによってデジタル化すべく、より広範な情報をダッシュボードやデジタルサイネージにリアルタイムに表示するといったシステム化が行われています。

 

ただ、こうした可視化はIoTの導入フェーズのあくまでも第一歩です。最終的な目標はIoTと製造実行システム(MES)、生産管理や在庫管理などを含めた基幹システム(ERP)をリアルタイムに連携し、生産活動の自動化・自律化、サプライチェーンの統合などを実現する、いわゆる工場のスマート化にあります。

 

そこで核となるのがAI技術です。IoTの仕組みによって製造現場から時々刻々と膨大に生成されるストリームデータを蓄積し、機械学習(マシンラーニング)や深層学習(ディープラーニング)の手法を適用した分析・学習を行うことで、工場のスマート化を支える推論モデルや予測モデルを作り出すのです。せっかくIoTから得られたデータを無駄に垂れ流してしまうのではなく、最大限に活用して新しい価値を生み出すために、AIという基盤には大きな期待が寄せられています。

 

そして製造現場のIoTと連携したAI活用を、夢物語ではない“現実解”に変えたのがクラウドです。

 

冒頭で述べたように、IoTによってさまざまな装置や機器、ロボット・カメラ・各種センサー・ウェアラブルデバイスなどから生成される、膨大かつ多様なタイプのストリームデータの「収集」「蓄積」「分析」を行うITインフラを、企業が個別に構築するのは決して容易なことではなく巨額の初期投資がかかってしまいます。しかしクラウドであれば、そうしたスケーラブルな特性を持ったITインフラを、比較的手軽に調達することができます。また機械学習や深層学習の処理を高速に実行するためには、GPUやHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)クラスタのインターコネクトを高速化するInfiniBandなどが必要とされますが、そうしたITリソースもクラウドから調達することが可能となりました。

 

ハードウェアだけではありません。昨今、大手クラウドサービスは機械学習や深層学習のライブラリをはじめ、画像認識や音声認識などコグニティブ(認識)技術のアプリケーションをPaaS(Platform as a Service)やSaaS(Software as a Service)として拡充しているのです。要するに、これらのパーツを取捨選択して組み合わせることで、IoTと連携したAIシステムをクラウド上に短期間で構築できるようになりました。

「Microsoft Azure」が提供するAIプラットフォーム

ピンチアウトで拡大

現場に近いところでデータを判断して
推論モデルや予測モデルを実行

クラウドでさまざまな処理を実行することが主流となるなか、新たな課題も見えてきています。機械学習や深層学習によって作られた推論モデルや予測モデルを、そのままクラウド上で実行し、そこから得られた結果を製造現場のMESやさらにはPLC(programmable logic controller)などのOT(制御技術)系のシステムにフィードバックし、生産活動の自動化・自律化を実現しようとすると、間に合わないケースが多発してしまうのです。製造現場とクラウドの間は通常、インターネットを介してデータをやりとりすることになるため、通信の遅延や切断の発生が避けられません。これはシビアな制御を行う上での致命的な弱点となります。

 

例えばクルマの自動運転を考えるとよくわかります。前方に障害物があることをAIが認識しても、その制御情報が瞬時にブレーキやハンドル操作に反映されなくては、事故を回避することはできません。また、クルマの走行状態を認識するためのカメラ映像やセンサーなどのデータを、センター(クラウド)に毎回送って判断させていたのでは、その時点ですでに許容範囲を超えたタイムラグが発生してしまいます。

 

同じことが製造現場のIoTでも言えるのです。さまざまな製造プロセスにおいて反射神経的な制御を行うためには、発生しているデータをより現場に近いところで判定し、推論モデルや予測モデルを実行する必要があります。

 

これを実現するのが「エッジコンピューティング」と呼ばれる仕組みです。クラウド上で作り出された推論モデルや予測モデルを、製造現場(エッジ)に設置されたサーバーやコントローラーなどの機器にあらかじめ持ち込んでおき、その場で直接実行するものです。これにより、例えば特定の製造装置からリアルタイムに収集している稼働データに重大な異常を示すパターン(イベント)を検出した場合、すぐにラインを停止してアラートを発するといった制御を行うことが可能となります。

 

こうした製造現場とクラウドを連携させたエッジコンピューティングに対するニーズの高まりを受け、IoTのソリューションを提供する各ベンダーは、業界標準のデータプロトコルやAPIに準拠した各種アダプターやコネクターを提供するようになりました。併せて、その仕様に対応したエンドポイントのデバイス供給も拡大しています。

 

さらに近年では、エッジコンピューティングのコンセプトをよりネットワーク側に拡大した「フォグコンピューティング」と呼ばれる仕組みも提唱されています。クラウドとのやりとりを集中的に担っている工場側のIoTゲートウェイに高度なインテリジェンスの処理能力を持たせることで、クラウドに送るデータをフィルタリングして通信を効率化するほか、IoTの仕組みによって生成される多様なストリームデータに対するリアルタイムの学習まで実行できるようにするというものです。

 

繰り返しになりますが、工場のスマート化を支えるIoTシステムは、クラウドのみでは実現できません。クラウドとエッジ、さらにはフォグを有機的に連携させたコンピューティング環境があってこそ、柔軟かつダイナミックな“生きたAIの活用”が可能となり、その効果を最大限に高めることができるのです。

クラウドとエッジの有機的な連携でタイムラグも縮小

ピンチアウトで拡大

ITジャーナリスト/ライター

小山健治

 

システムエンジニア、編集プロダクションでのディレクターを経て、1994年よりフリーランス。
エンタープライズIT分野を中心に取材・執筆・調査活動を行っている。
著書に「図解 情報・コンピュータ業界」(東洋経済新報社)、「CRMからCREへ」(日本能率協会マネジメントセンター)、
「ぱそこん日本語入力練習帳」(宝島社新書)、「文系でも大丈夫? 実態から探るSEの就職・転職・キャリアアップ術」(技術評論社)などがある。