コラム

「IoMT」ソリューションのメリットを探る
医療・ヘルスケア領域のIoT

製造業・物流業を中心に導入・活用が進むIoT技術ですが、近年は病院や診療所といった医療機関、保健医療サービスを展開するヘルスケア業界でも、IoT技術を導入・活用する機運が高まっています。医療・ヘルスケア領域のIoTを「IoMT(Internet of Medical Things)」と呼び、医療現場の課題解決と医療の高度化を実現するソリューションが続々と登場しています。今回はIoMTの動向を探るとともに、最新のソリューションとそのメリットを紹介します。

急速に市場が拡大するIoMTとは?

新型コロナウイルス感染症のパンデミックでは、医師や看護師といった医療従事者の世界的な人手不足が明らかになりました。少子高齢化が進む日本でも、離島やへき地を中心に深刻な医療従事者不足に悩まされており、都市部との医療格差や通院費・医療費負担の増加が問題となっています。都市部においても、救急患者を受け入れる医療機関が見つからず、救急車がたらい回しにされるという事態もしばしば発生しています。こうした人手不足の課題は、高齢者・障がい者の健康管理や生活支援を行う介護福祉サービスを含むヘルスケア領域全体に及んでいます。

 

こうした課題を解決するものとして注目されているのが、IoMT(Internet of Medical Things)と呼ばれる医療・ヘルスケア領域向けのIoT技術です。

 

医療現場では従来から診断用・治療用のさまざまな医療装置・機器、電子カルテを含む医療情報システムが使われているものの、院内ネットワークで医療装置・機器と医療情報システムが接続されているのは放射線や超音波画像診断装置など一部に限られていました。しかし最近になって、新しいIoMTソリューションが続々と登場したことにより、専門医がその場にいなくても現場の医師と連携し、医療装置・機器の診断データをリアルタイムにモニタリングしながら適切な医療を提供することが可能になりました。

 

新しいソリューションの登場によってIoMT市場は急速に成長しています。調査会社の富士キメラ総研が2021年2月に発表した「IoMT新市場の将来展望 2021」によると、国内のIoMT市場規模は2025年に6,247億円、2019年比で約140%の伸びが予測されています(https://www.fcr.co.jp/pr/21013.htm)。またインドの調査会社 Mordor Intelligenceは、世界のIoMT市場が2022年から2027年にかけて年平均23.4%成長すると見込んでいます(https://www.mordorintelligence.com/ja/industry-reports/internet-of-medical-things-market)。

遠隔診療を中心に発展するIoMTソリューション

IoMTソリューションのなかでも、いま最も注目されているのが遠隔診療の分野です。遠隔診療とはインターネットを介して行われるオンライン医療行為を指すもので、日本では2015年に厚生労働省が「離島やへき地以外でも利用できる」と見解を示したことにより解禁されました。

 

当初はオンラインによる診療時間は30分程度、通院可能な患者の再診に限るといった規制がありましたが、2020年に新型コロナウイルスによる院内感染リスクを回避する暫定措置として、距離を問わず初診から非対面の遠隔診療が受けられるようになりました。さらに2022年には厚生労働省が指針を改め、現在は遠隔医療が恒久的に認められています。

 

遠隔診療を実現するIoMTソリューションには、診療や服薬指導、医療相談などに使われるオンライン医療システム、現場の医師と専門医など医師間・病院間連携を実現する画像診断システムや遠隔会議システムなどがあります。これらのIoMTソリューションを導入することにより、専門医が常駐していない場合でも患者の診療情報やバイタルサイン(生命兆候)情報を一元的に管理・共有した遠隔診療が実現できるほか、慢性的な疾病に罹患した患者の経過観察、症状回復に伴う患者のリハビリテーション管理など、院内あるいは在宅医療においても診断速度や治療精度・品質の向上が期待できます。

 

IoMTソリューションには患者へ提供する医療サービスの向上というメリットのほか、医療機関にとっても収益アップにつながるメリットがあります。また専門医との連携によって、医師の診療・処方ミスや看護師の投薬ミスなど患者に損害を与える医療過誤を大幅に抑制できる効果も得られます。

 

なお、遠隔診療については5G(第5世代移動通信システム)の活用を推進する総務省が「①訪問診療時の専門医による遠隔診療支援」「②移動診療車・検診車への診断支援」「③救急搬送中の情報共有による遠隔診療支援」「④手術時の遠隔術中迅速病理診断」「⑤病院外にいる熟練専門医による遠隔診断およびテレワーク」といった具体的なユースケースを示しています。

 

(図版キャプション)

図1●総務省が示した遠隔診療のユースケース

(出典:総務省「5G等の医療分野におけるユースケース(案)」 https://www.soumu.go.jp/main_content/000758084.pdf

 

①訪問診療時の専門医による遠隔診療支援

図1●総務省が示した遠隔診療のユースケース①訪問診療時の専門医による遠隔診療支援

 

②移動診療車・検診車への診断支援

図1●総務省が示した遠隔診療のユースケース②移動診療車・検診車への診断支援

 

③救急搬送中の情報共有による遠隔診療支援

図1●総務省が示した遠隔診療のユースケース③救急搬送中の情報共有による遠隔診療支援

 

④手術時の遠隔術中迅速病理診断

図1●総務省が示した遠隔診療のユースケース④手術時の遠隔術中迅速病理診断

 

⑤病院外にいる熟練専門医による遠隔診断およびテレワーク

図1●総務省が示した遠隔診療のユースケース⑤病院外にいる熟練専門医による遠隔診断およびテレワーク

将来の成長が見込まれる新たな分野

遠隔医療の普及が急速に進む一方、これから市場が立ち上がると期待されているIoMTソリューションもあります。それがバイタルサイン情報を計測するセンサーが組み込まれた「スマートウェア」です。スマートウェアは呼吸・心電図・心拍数・体温などのバイタルサインを計測し、そのデータをリアルタイムにネットワーク経由で転送できるウェアラブルデバイスです。2019年以降、医療機器としての承認取得に向けた治験が進められており、近い将来の実用化が見込まれています。

 

ちなみに、スマートウェアは院内や在宅医療のなかで着衣する医療用ウェアラブルデバイスであり、スマートウォッチのような着衣を伴わない民生用のウェアラブルデバイスなどは含まれません。上述した富士キメラ総研の調査によると、スマートウェアソリューションの市場規模は2025年に300億円、2019年比で約300倍も伸びるという予測が出されています。

 

もう一つ、将来の大きな成長が予測されているのが、手術支援ロボット分野のIoMTソリューションです。手術支援ロボットについては、米国Intuitive Surgical社が2009年に「da Vinci Surgical System(ダヴィンチ)」の販売を開始してから医療現場への導入が進みました。それからさまざまな手術支援ロボットの開発が始まり、外科医が患者と同じ手術室内でロボットを操作・執刀するロボットだけでなく、遠隔地の外科医がVR(仮想現実)空間で操作・執刀できるロボットも登場しています。

 

手術支援ロボットの発展はIoMTソリューションのさらなる高度化に大きく貢献するものとなるでしょう。さらにIoMTソリューションにAI(人工知能)技術を組み合わせ、AIによる質問に回答していくだけで診療前の問診が完了するシステムなども開発されています。

 

順調に発展し続けるIoMTソリューションですが、導入の際には留意すべき点もあります。とりわけ十分に検討しなければならないのが、セキュリティ対策です。最近は医療機関を狙った標的型サイバー攻撃も増えており、日本国内でも電子カルテを含む医療システムがランサムウェアの被害に遭い、数日にわたって診療休止に追い込まれるというインシデントも発生しています。

 

こうしたサイバー攻撃の脅威にIoMTソリューションが巻き込まれると、最悪の場合には患者の命にも関わってきます。最近は未知の脅威に有効性を発揮するセキュリティソリューションもそろっているので、IoMTソリューションを導入する際には万全なセキュリティ対策を確実に講じることを強くお勧めします。

 

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。