コラム

AIの適用によりさらなる高度化が期待される
IoTシステムの現場

近年急速に発達した人工知能(AI)により、さまざまな業務の自動化・効率化が進みつつある。膨大なセンサーデータを収集・分析して業務の現場に新たな価値をもたらすIoTも、AIとの親和性が高いシステムと言える。今回のコラムでは、AIの適用によってさらなる高度化が期待されるIoTシステムの利活用シーンについて考えてみる。

AIを適用したIoTシステムの時代が到来

現在はPCやスマートフォンといった情報通信デバイスのみならず、さまざまな装置・機器に取り付けられたセンサーデバイスもネットワークに接続されるようになった。各種デバイスが生成するデータを収集・分析して利活用するIoTシステムは、もはや当たり前の存在になろうとしている。その一方、ディープラーニングに代表される機械学習技術の発達によって急速に進化したAIは、画像認識、音声認識、自然言語解析といった機能を中心に活躍の場を広げている。

 

奇しくも時を同じくして発展を遂げたIoTとAIは、組み合わせて利活用することで新しい価値を生み出す非常に親和性の高い技術である。IoTシステムでは従来より、過去のデータの傾向を統計解析の手法を使って分析処理を行い、データ分析専門家の判断またはあらかじめ決められたルールに基づいて、何らかのアクションが実行されていた。ここにAIを適用すると、時々刻々と変化するデータを即座に分析して、リアルタイムでの状況把握や監視、予測・予知ができるようになる。また場合によっては、人間を介する作業や判断をAIに任せて自動化することで、人的ミスがなくなり精度の向上が見込める。

 

すでにAIは、人間が教師データを与えて学習させずとも、自律的な機械学習を繰り返してどんどん賢くなっていく。囲碁や将棋など複雑な思考が求められるゲームでも、トッププロを負かす能力を身に付けたほどだ。AIは人間よりも良い仕事をする。

 

こうした期待から、IoTとAIを組み合わせたシステム/サービスが続々と登場している。

製造業におけるAI/IoTシステムの主な役目は「予知保全」と「品質チェック」

それでは、どんなIoTシステムにAIが適用されているのか。まずは、分かりやすい製造業の事例を紹介しよう。

 

製造業の企業では、生産設備・装置などの機器に取り付けたセンサーデータを収集し、それを分析して機器の予知保全に役立てるIoTシステムが多く導入されている。かつての一般的なIoTシステムでは、センサーから温度や振動、音の周波数といったデータを収集し、あらかじめ設定してあるデータの閾値を超えたときにアラートを通知する仕組みが一般的であった。しかしながら、センサーから収集したデータは常に正確とは限らない。なぜなら、通信状況によってはデータの一部が欠損したり、別の要因による異常値が送られたりするかもしれないからだ。こうした不正確なデータに起因するアラートが頻発すると、どれが本当のアラートなのか分からなくなる。せっかくIoTシステムを導入した意味もなくなってしまう。

 

そこで新たに出てきたのが、あらゆるセンサーデータをAIに学習させ、正確なデータと不正確なデータを取捨選択させる方法だ。この方法であれば、データの一部が欠損していたとしても、AIはその前後のデータから欠損部分を補完したり、無視する判断を下したりできる。さらにいくつもの異なるセンサーデータをAIが複合的に分析することで、これまでは気付かなかった故障の予知を高い精度で検知できるようになる。このAIの判断を活用して、以前は故障の有無にかかわらず定期的に部品交換を行っていたものを、故障の予知が表れた時点で交換するように切り替えれば、機器の運用コストを最適化できる。

 

こうした製造業におけるAIの適用は、機器の予知保全の用途だけに限らない。製造工程で行われる製品の品質チェックでも有効だ。製品をカメラで撮影したり、製品に超音波を当ててその反射を映像化したりしたデータをAIの画像認識を使って分析し、品質に異常のある不良品を取り除くような用途でも有効だ。特に人間の目で見て不良品を発見しているような製造業の現場では、より高精度かつ高速な判定が可能になる。

図1 ● 時系列データから自動で判別モデル(AI)を生成し、設備状態をリアルタイムで診断する
予知保全自動化ソリューション(東京エレクトロンデバイス)

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小売業や物流業、さらには農林水産業にまでAI/IoTの利活用が始まる

AIを適用したIoTシステムの応用分野は、製造業に限った話ではない。流通・小売業では、店舗に来店した顧客の顔をカメラで撮影し、その顧客の属性(年齢・性別など)と購買行動をAIが分析して、売れ筋商品の品揃え拡充や需要予測、顧客管理に利用するといったIoTシステムが実用化されている。

 

運輸・物流業では、配送先の住所と配送車に取り付けたGPSや速度計のセンサーデータ、ドライブレコーダーの映像データからAIが道路の混雑状況を予測し、最も効率的な配送ルートを決定するというIoTシステムも登場している。

 

これまでITとはあまり縁のなかった農林水産業でも、AIを適用したIoTシステムが広まりはじめている。ある農機具メーカーでは、農家が利用する農機具にセンサーを取り付け、そこから得られた気温、湿度、降水量、土壌成分といったデータに基づいてAIが作物育成計画を支援するIoTシステムを積極的に活用しているという。また、圃場の様子をドローンで撮影し、AIが画像を解析して作物育成状況の把握、害虫被害の早期発見と農薬散布、収穫時期の予測に役立てるIoTシステムも、すでにサービスとして提供が始まっている。

 

もちろん、業種業界を問わずに一般的なオフィスで役立つシステムやサービスもある。例えば、手書きの書類をスキャンしたデータをAIが文字認識し、文字入力作業を軽減してくれるようなシステムだ。一見するとIoTシステムとは関係ないようだが、スキャナで取り込んだ画像はセンサーデータそのものであり、十分にAIを適用したIoTシステムだと言い切れる。

図2 ● 新潟市と民間企業5社による「スマート農業 企業間連携実証プロジェクト」の全体図(新潟市)

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モビリティやヘルスケアなど、身近な社会生活の現場にも多くの事例が

私たちの生活に身近なところでも、AIを適用したIoTシステムの実証実験、実用化が進みつつある。その一つが、自動運転技術を中心としたモビリティの領域だ。この領域では自動運転だけでなく、道路脇や自動車に設置したセンサーデータをAIが分析して信号機を最適に制御し、渋滞緩和に役立てる実証実験も行われている。通信事業者の中には、モバイル空間統計データ、気象データなどのリアルタイムデータをAIが分析して需要予測を立て、効率的なタクシー運行を実現するサービスを提供しているところもある。

 

スマートメーターの設置が進む住宅の領域では、配電設備やソーラーパネル、蓄電池などにセンサーと制御システムを組み込んでエネルギー管理システム(HEMS:Home Energy Management System)を構築したり、HEMSなどから得たデータをもとに、家電や設備 の故障の可能性やメンテナンス情報を居住者に知らせたりするサービスの開発が進んでいる。AIスピーカーを活用して家電製品や照明などを制御したりする仕組みが普及し始めている。

 

ヘルスケア・ウェルネス領域における活用にも注目したい。身体に装着したウェアラブルデバイスから、歩数や血圧・心拍数・消費カロリーなどのセンサーデータを取得し、そのデータをAIで分析して健康状態を把握・管理するという使い方だ。ウェアラブルデバイス種類は多様化しており、現在ではGPSなどの位置情報と生体情報のデータをリアルタイムに監視する介護・防犯向けデバイスも登場している。

 

AIを適用したIoTシステムは、現時点においても多種多様な分野で、実用化あるいは実証実験が始まっている。既に実用化されているIoTシステムの中には、これまでにない価値をもたらしているものも少なくない。

 

今後のビジネスシーンや社会生活において、AIを適用したIoTシステムはますます身近な存在となっていくに違いない。そして、あらゆる業種業界の企業における生産性向上、社会生活のさまざまな場面に役立つサービスが次々と登場してくるであろう。

図3 ● IoTを活用した住環境の異常感知サービス分野のイメージ(経済産業省)

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富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。