コラム

IoT技術が支える「メタバース」
デジタルツインのビジネス利用、その最新動向とは?

ここ最近、デジタル技術領域でとくに注目を集めているのが「メタバース」です。主にインターネット上の仮想空間サービスを指す意味で使われ、すでにエンターテインメントやコミュニケーションの分野を中心に実用化も進んでいます。一方で、IoT技術により現実世界の膨大な情報を収集し、仮想空間上にシミュレーション環境を再現する「デジタルツイン」など、メタバースを一般のビジネスで利用する動きも進みつつあります。今回は、そんなメタバースの最新動向について紹介します。

メタバースのブームが到来

メタバースとは「インターネット上に構築された3次元仮想空間、およびそこで提供される多種多様なサービスやコンテンツ」のことです。英語の接頭辞「meta(超越する)」と「universe(宇宙)」を組み合わせた造語であり、もともとのアイデアは米国人作家のニール・スティーヴンスン氏がSF小説「スノウ・クラッシュ」(1992年)で描いたオンライン仮想空間だと言われています。

 

以降、インターネット技術の発展とともにさまざまな仮想空間が登場し、例えばLinden Lab社の「Second Life」(2003年)はメタバースの先駆けになったサービスと考えられています。また、Mojang Studios社(Microsoft子会社)の「Minecraft」(2011年)、Niantic社(Google発のスタートアップ)とポケモンが共同開発した「ポケモンGO」(2016年)なども、メタバースの代表的なサービスです。

 

これらのサービスではいずれも、アバター(仮想空間におけるユーザーの分身)を介して他のユーザーとの交流や仮想空間そのものの構築に参加しています。現実世界の限界を超える多数のユーザーが同時に接続できる仮想イベントの開催、仮想空間内の土地区画などデジタルオブジェクトの取引といった消費・経済活動も行われてきました。

 

このようにエンターテインメントやコミュニケーションを中心に発展してきたメタバースですが、当初はメタバースという言葉が使われることはほとんどありませんでした。メタバースという言葉が一般に認知されるようになったのは、Facebook社が2021年10月に「Meta Platforms」へと社名変更したのがきっかけです。ちょうどコロナ禍の影響により対面コミュニケーションが制限されていた状況も相まって、メタバースのブームが一気に到来しました。

ビジネス利用への検討が加速

メタバースブームの到来とともに、エンターテインメントやコミュニケーション以外のビジネスにメタバースを活用しようという動きが加速しています。米国テックジャイアント企業もメタバースに注力することを表明し、例えばMicrosoft社はアバターを使ったリアルタイムコラボレーションが可能なMR(複合現実)プラットフォーム「Microsoft Mesh」を発表しています。

 

一方、日本でもメタバースのブームが到来する以前から、仮想空間を活用した技術の研究開発への取り組みが始まっています。2020年2月に文部科学省は「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」というムーンショット目標を掲げた研究開発プロジェクトをスタートさせました。ここではメタバースという言葉は使われていないものの、国を挙げての新たな取り組みが始まったのは間違いありません。

 

<ムーンショット目標>

「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」

 

●誰もが多様な社会活動に参画できるサイバネティック・アバター基盤

・2050年までに、複数の人が遠隔操作する多数のアバターとロボットを組み合わせることによって、大規模で複雑なタスクを実行するための技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。

・2030年までに、1つのタスクに対して、1人で10体以上のアバターを、アバター1体の場合と同等の速度、精度で操作できる技術を開発し、その運用等に必要な基盤を構築する。

 

●サイバネティック・アバター生活

・2050年までに、望む人は誰でも身体的能力、認知能力及び知覚能力をトップレベルまで拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を普及させる。

・2030年までに、望む人は誰でも特定のタスクに対して、身体的能力、認知能力及び知覚能力を拡張できる技術を開発し、社会通念を踏まえた新しい生活様式を提案する。

 

 

出典:2020年2月 文部科学省

https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/concept1.pdf

デジタルツインの活用が進展

メタバースのビジネス利用のなかでも、とくに注目を集めているのが「デジタルツイン」です。デジタルツインは、IoT技術を駆使して現実世界の情報を収集し、それをもとに仮想空間(メタバース)に現実世界をそっくりそのまま再現する技術を指しています。この技術を活用することで、現実世界では到底実現できないシミュレーションや実験も可能になります。

 

すでにデジタルツインの利用はさまざまな産業分野で始まっています。そのソリューションの一つに、NVIDIA社が開発した3Dコラボレーション/リアルタイムシミュレーションのためのオープンプラットフォーム「NVIDIA Omniverse」があります。これを使って工場のデジタルツインを構築して、生産ラインのシミュレーションやロボットのプログラミング、現場のオペレーション改善に活用する自動車メーカー、配送センターのデジタルツインを構築して倉庫の設計やロボットの制御、荷物導線の最適化に活用する通販事業者といった事例が出始めています。

 

日本では国土交通省の主導により、3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化を推進する「Project PLATEAU」が始動しています。すでに東京23区をはじめ全国各地の3D都市モデルがオープンデータとして公開されており、これを利用して構築したメタバースとリアルで取得したIoTデータを組み合わせ、交通や人流解析など「都市活動モニタリング」、災害リスクを可視化する「防災」、新たな都市開発計画に役立てる「まちづくり」などに活用されています。

 

図1●Project PLATEAUで公開されているビューア「PLATEAU VIEW」

図1●Project PLATEAUで公開されているビューア「PLATEAU VIEW」

(出所:https://www.mlit.go.jp/plateau/app/

 

メタバースの課題解決が急務

このようにメタバースのビジネス利用は急速に進展していますが、一方で課題も指摘されています。その一つに仮想空間で保有するデジタルオブジェクトの取引、アバターを使ったさまざまな行為に対する法的責任やルール整備が追いついていないことが挙げられます。

 

このうちデジタルオブジェクトの知財権保護や真正性証明については、ブロックチェーン技術をベースに開発された「NFT(非代替性トークン)」の活用が始まり、金融機関と民間事業者で組織した日本暗号資産ビジネス協会が「NFTガイドライン」を策定するなど、部分的ではあるものの取り組みは進んでいます。

 

しかし、メタバース内での迷惑行為(誹謗中傷やセクシャルハラスメントなど)に対してどのように規制するか、メタバース内での労働にどんな就業規則・最低賃金を適用するかといった整備は進んでいません。メタバースのサービスを提供する事業者がどの国の法令に従うかを明確にするだけでなく、場合によっては国内法の適用が及ばないユーザーへの対応も考えなければなりません。これは日本国内だけの問題にとどまらず、国際的な協力が求められることもあり、早急に議論を進めていく必要があるでしょう。

 

さらに、メタバースへの不正アクセス(アカウントの乗っ取りやなりすまし)、データの改ざん・流出などセキュリティ面の課題の解決も急がれます。これについては2022年6月、メタバース推進協議会とセキュアIoTプラットフォーム協議会が連携し、メタバースで想定される脅威分析や対応すべきセキュリティ指針の策定に向けた取り組みを開始しました。

 

これらの取り組みを通じて、メタバースをめぐる課題が解決され、安心安全なサービスが早急に確立されることを期待しましょう。

 

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。