コラム

成功事例から紐解く製造業のDX : 後編「中小企業編」
日本が誇る“中小企業のものづくり”
その現場を支えるIoT活用事例

デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する製造業企業は、大企業に限った話ではありません。中堅・中小規模の企業でもさまざまな取り組みが進められており、経済産業省も積極的に成功事例を公表しています。今回は東京都立産業技術研究センター(都産技研)が昨年公開した「IoT事例検索システム」を利用し、同システムに掲載されている事例の中から、中小企業ならではのユニークな取り組みを紹介します。

IoTによるDX推進”で注目の「中小企業5選」

ここ最近、DX推進の取り組みを本格化させる中小規模の製造業企業が急増しています。その多くが“ものづくり”の現場にIoTシステムを導入し、データを収集・分析して業務の改革や新規事業の創出に活用しています。すでに成功事例が続々と登場しているので、自社の取り組みの参考にしている企業も多いことでしょう。

 

そうしたなか、都産技研は国内のIoT事例を集めた「IoT事例検索システム」(https://iot.iri-tokyo.jp/search/)を公開しました。このサイトは、総務省、経済産業省、スマートIoT推進フォーラム、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会などの各機関が公開するIoT事例を横断的かつ効率的に検索できるようにしたものです。

 

今回はそのIoT事例検索システムを利用し、筆者の視点から選んだ、ものづくりのDXを効果的に推進する中小製造業企業のIoT活用事例を紹介します。

① IoTシステムを組み込んだ次世代装置を開発
秀和工業(東京都足立区)

まず紹介するのは、都産技研の支援によりIoTセンサーを組み込んだ次世代型グラインダー(研磨・研削機)を開発した秀和工業(東京都足立区)の事例です。

 

主に半導体ウエハー(ICチップの材料となる半導体物質の結晶でできた円形の薄い板)を薄く平坦に磨く独自の機構を備えた研磨・研削機を開発・生産している同社では、装置に不具合や故障が発生した際、24時間365日体制で技術者が現場に駆けつけて対応していたそうです。このような精神的・肉体的に厳しい労働環境を改善するため、同社は遠隔監視機能を搭載した装置を開発、部品の寿命予測や計画的な予知保全を可能にし、労働環境の改善を成功させました。

 

そんな秀和工業が新たに取り組んだのが、IoTシステムにより装置運用をリアルタイムでサポートする次世代グラインダー装置の開発でした。装置を開発するにあたり、同社は「人や物が移動するのではなくデータを動かす」という点に着目。新たに「状況判断支援システム」をつくり上げ、装置に組み込みました。このシステムはデータ解析機能を独立させたスタンドアロンの専用IoTユニットを採用。既存装置への追加も可能であるなど汎用性に優れているほか、コストダウンも図られています。またセキュリティ機能を強化したLTEルーターの採用により、現場のネットワーク環境に依存しないセキュアな通信も実現しました。この装置を製品化したことにより、現場に技術者を派遣しなくても故障個所の確認などの初動対応が可能となり、緊急出動回数が7割近くも削減するという効果が見込まれるそうです。

 

図1●秀和工業の次世代グラインダー装置に組み込まれたIoTシステムの仕組み

図1●秀和工業の次世代グラインダー装置に組み込まれたIoTシステムの仕組み

(出典:都産技研支援事例 https://iot.iri-tokyo.jp/result/shuwaind.html

②生産設備の稼動状況を取得するIoTシステムを導入
山口製作所(新潟県小千谷市)

続いて紹介するのは、社内の情報管理・作業効率化を目的に、IoTを活用した生産管理システムを独自開発した山口製作所(新潟県小千谷市)の事例です。

 

金属プレス加工・金型製造を行うものづくり企業の同社は、顧客に対する能動的な提案、作業工程のコスト削減、製品製造トレーサビリティの透明性確保といった対応を目指し、ITの積極的な活用に着手。手始めに「1つのデータについて、1回の手入力で済むシステム」をコンセプトに、「Microsoft Access」による生産管理システムを独自開発しました。このシステムは顧客から業務を受注した際に必要なデータを一度手入力するだけで、その後の在庫管理、受発注処理、生産管理、生産指示を同一システム上でできるようにしたものです。

 

さらに生産設備の稼働状況に関するデータを取得する仕組みとして、マルチベンダーの生産設備に設置可能なIoTシステムを導入、合計8台の工作機械に取りつけました。これにより、過去の受注情報や製造情報などを探していた従来の手間の削減に成功しました。またIoTシステムが取得した工作機械の稼働状況を可視化して顧客に開示することで、製品製造トレーサビリティを実現するとともに、現場社員の意識向上にもつなげているとのことです。

 

図2●工作機械にIoTシステムを組み込んだ山口製作所のものづくり現場

図2●工作機械にIoTシステムを組み込んだ山口製作所のものづくり現場

(出典:山口製作所ホームページ https://www.yssmfg.co.jp/

③複数拠点にある生産設備のIoT化を実現
三友製作所(茨城県常陸太田市)

次に、若手社員が主導して複数の生産拠点にある設備の稼働状況確認や作業方法の可視化を実現する生産管理の仕組みを開発した三友製作所(茨城県常陸太田市)の事例を紹介します。

 

医療用分析機器関連製品、電子顕微鏡関連の付属品、半導体故障解析用ツールなどを製造するものづくり企業の同社は、本社工場と3つの工場を合わせて合計4カ所の生産拠点を有しています。そんな同社は従来から生産管理システムを導入しているものの、伝統的なやり方を大きく変えていなかったため、ますます厳しくなる競合他社との競争に対して危機感を感じていました。

 

こうしたなか社長のトップダウンにより、新しい生産管理の仕組みを導入する方針が示されました。そこで立ち上がったのが、同社の若手社員たちでした。彼らは現場の生産効率を高めるだけでなく、人手不足の解消も狙った企画を提案しました。具体的には社内にある生産設備をIoT化し、地理的に分散している生産拠点のすべての設備の稼働状況を可視化する仕組みを構築するというものです。これにより工場内だけでなく、遠隔地からでも経営者やマネジメント層が設備の稼働状況を把握できるようになりました。

 

また、蓄積した工作機械のデータを分析して加工計画を策定したり、予実比較や稼働日報を出力したりできるようにしました。その結果、生産現場におけるさまざまな改善すべき点が浮き彫りとなり、作業の見直しなど改善活動を進めたことで、設備稼働率が25%も向上したと言います。

 

図3●複数拠点の生産設備をIoT化した三友製作所の本社工場

図3●複数拠点の生産設備をIoT化した三友製作所の本社工場

(出典:三友製作所ホームページ http://www.sunyou-ss.co.jp/

④スマートデバイスを活用した“見える化システム”を開発
武州工業(東京都青梅市)

社内エンジニア自身が「欲しいもの」「必要なもの」をシステム化し、廉価なスマートデバイスを活用した「経営と現場の見える化システム」を開発したのが、武州工業(東京都青梅市)です。

 

自動車用熱交換器パイプや板金部品の製造を中心に、パイプ加工というコア技術を用いた医療・航空宇宙産業向け製品を広く提供する同社は、海外製造事業者との厳しい価格競争を勝ち抜くための取り組みとして、生産手法や生産管理の工夫に取り組んできました。20年以上前に生産管理システム「BIMMS」を独自に構築・運用してきた同社は、同システムをさらに発展させ、出退勤、生産指示、倉庫在庫管理、工程不良管理、生産実績管理、品質管理、状況分析などをリアルタイムに棚卸しする仕組みを開発しました。

 

新しいシステムはスマートデバイスや廉価な汎用機器とIoTシステムを活用し、機械の稼働データを取得。そのデータと生産管理システムを組み合わせ、経営と現場の見える化を実現したものです。これにより現場の作業員が機械の稼働データをリアルタイムに確認しながら、自身の作業量の目標と現在の実績との差を把握できるなど、作業の効率的な配分が可能になりました。また経営者も、機械の稼働データや作業状況をリアルタイムに管理しながら迅速な経営改善に取り組めるようになりました。

 

さらに、武州工業ではBIMMSをクラウドベースの中小製造業向け総合情報管理システムとして外販を決定、新規事業への参入も果たしています。

 

図4●中小製造業向け総合情報管理システム「BIMMS on AWS」の紹介ページ

図4●中小製造業向け総合情報管理システム「BIMMS on AWS」の紹介ページ

(出典:武州工業ホームページ https://www.busyu.co.jp/ja/bimms/

⑤IoT化した製品による顧客サポートを実践
ニューマインド(東京都中央区)

最後に紹介するのは、自社製品にIoTシステムを組み込み、稼働を遠隔監視しながら手厚い顧客サポートサービスを提供するニューマインド(東京都中央区)の事例です。

 

同社は、クッキーやせんべいなどの食品の表面にフルカラー印刷できる「可食プリンタ」に特化したものづくり企業であり、可食プリンタ機器と専用インクの開発・設計・製造・販売・保守メンテナンスを中心に事業を展開しています。

 

顧客の食品生産ラインで稼働する可食プリンタは、これまで客先でどのように利用されているのか知る術がなく、故障発生時の原因究明が難しいという課題がありました。また食品製造に使用する機器であるため、衛生に配慮しながらインク残量や使用状況を確認して顧客へ適切なサポートサービスを提供することも求められていました。

 

これらの課題を解決するため、同社は客先の可食プリンタのインク残量や稼働状況、利用状況を可視化する遠隔監視の仕組みを考案。可食プリンタにIoTセンサーを組み込み、そこから取得したデータをネットワーク経由でクラウド上に収集して状況をリアルタイムに確認できるようにしました。これにより客先での故障原因の究明・検証が可能となり、きめ細やかなサポートサービスを提供できるようになったとのことです。

 

図5●ニューマインドが製造・販売する可食プリンタ

図5●ニューマインドが製造・販売する可食プリンタ

(出典:ニューマインド ホームページ https://www.newmind.co.jp/

今回は、都産技研のIoT事例検索システムから中小製造業企業のユニークなIoT活用事例を5社紹介しました。IoT事例検索システムには、このほかにも250社以上の導入事例が収録されています。自社の取り組みの参考に、ぜひ活用してみてください。

 

【参考文献】
地方独立行政法人 東京都立産業技術センター 「IoT事例検索システム」
URL:https://iot.iri-tokyo.jp/search/

※各紹介事例は「IoT事例検索システム」に登録された内容を元に要約しております。

 

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。