コラム

低消費電力・広範囲なIoT通信を実現する「LPWAN」を知る

IoTデバイスは、常に電力供給が行える場所で利用するとは限らない。またIoTデバイス数が数千、数万の単位になると、通信コストや保守コストも馬鹿にならない。そのためIoTデバイスには、いかにして少ない電力量でデータを送信できるかという課題がある。そうした課題を解決する通信方式として注目されているのが「LPWAN」だ。ここではLPWANの解説とともに、これに準拠する複数の規格について、それぞれのメリット/デメリットを検証する。

IoT通信の課題を解決するLPWANとは?

近年におけるIoTの普及は目覚ましいものがある。工場や倉庫の屋内設備にセンサーデバイスを設置して生産・物流・品質管理などに利用するだけでなく、最近は災害発生予兆の検知や建設・土木工事現場の監視など、屋外でもIoTが使われているのを皆さんもご存じだと思う。

そんな屋外におけるIoT利用で大きな課題となっているのが、通信手段の確保だ。屋内ならば常時給電も可能だし、Wi-FiやBluetooth、ZigBeeといった多彩な無線LAN/PAN規格が利用できる。

だが屋外では、そうはいかない。建物に隣接する場所に設置したセンサーデバイスならまだしも、土砂災害や水害の発生を予兆するために山間部の斜面や河川の堤防といった場所に設置したセンサーデバイスの場合、電力線による常時給電が難しく、データの送信先となる基地局までの距離も遠いという悪条件下で運用しなければならない。

現在はデバイス内蔵バッテリーからの給電に頼って、LTEなど携帯電話と同じ通信規格を利用することが多い。しかしこれらの通信規格は消費電力量が大きいため、バッテリー交換などのメンテナンスを頻繁に行う必要がある。多数のデバイスを設置しているような場合には、メンテナンスが追いつかないこともあり得るのだ。

こうした通信の課題を解決するものとして、急速に普及しつつあるのが「LPWAN(Low-Power Wide-Area Network)」だ。「LPWA(Low Power, Wide Area)」と呼ばれることもある。邦訳すると「低消費電力広域通信網」になるだろうか。そのとおり、省電力で広域をカバーする無線通信方式であり、乾電池程度の電力で年単位の通信も可能だ。

省電力で広域をカバーできるのなら携帯電話にも利用したいところだが、実はカラクリがある。LPWANは省電力・広域というメリットと引き換えに、一度に通信できる容量が制限されているのだ。そのため音声通話やインターネット通信といった携帯電話のような使い方はできないが、少ない量のデータを送信するだけのセンサーデバイスには十分に活用できる。

これが、IoTでLPWANが注目されている理由なのだ。

SIGFOX、LoRa、NB-IoTが3大規格

ひと口にLPWANと言っても、その規格は1つではなく、複数の規格が存在している。現在のところ「SIGFOX」「LoRa(LoRaWAN)」「NB-IoT」という3つの規格が主流だ。

そのうち最も先行していると言われているのが、フランスのSIGFOX S.A.社が2009年に開発したSIGFOXだ。これは920MHzというライセンス不要の周波数帯を使用し、100bps(上りのみ)という極めて低速な通信速度ながら、最大50km程度の広範囲伝送と電池1本で数年の稼働が可能な省電力性能を備えている。

免許不要の周波数帯を利用するSIGFOXは、電波干渉を避けるため1カ国につき1事業者が独占的な契約を結んでおり、すでに欧州を中心に世界32カ国(2017年9月現在)でサービスを展開している。日本では2017年2月に京セラコミュニケーションシステムがサービスの提供を開始した。

一方、LoRa(LoRaWAN)はフランス・Cycleo社が開発したLPWAN技術をベースに、同社を買収した米国・Semtech社が中心となって設立された「LoRa Alliance」によって仕様が策定されたLPWAN規格だ。LoRa Allianceには世界400社以上が参加しており、パブリックに公開されたオープンな通信規格である点が大きな特長である。ちなみに、厳密に言うとLoRaは通信方式を指し、LoRaWANはプロトコル体系を含む仕様全体を指している。

周波数帯はSIGFOXと同様、920MHz帯を使用するので、ライセンスは不要。通信速度は3Kbps(上りのみ)、最大20km程度の広範囲伝送をカバーし、消費電力は電池1本で数年稼働する。LoRaを利用するには、仕様に沿ったデバイスと基地局を独自に開発・設置するか、LoRaに対応した基地局を展開している通信事業者の設備を利用する。

さらにもう1つ、IoT向けのLPWAN規格として今後の普及が期待されるのがNB-IoT(Narrow Band-IoT)である。これはLTEの標準規格を策定する3GPP(3rd Generation Partnership Project)が2016年に仕様を定義したもので、LTE規格に含まれる。LTEと言っても、通信速度は上り62kbps、下り26kbpsと低速。ただし先行するSIGFOXやLoRa(LoRaWAN)とは違い、下り通信にも対応するため、多数のセンサーデバイスを遠隔地から一斉に制御するといった使い方も可能になる。

周波数帯は基本的にLTEと同じなので回線利用料金が発生するものの、基地局は既存設備がそのまま使えることからコスト差はそれほど大きくない。

LPWAN規格には、そのほか「Ingenu RPMA」「Neul Weightless」といったさまざまな独自規格が十数以上も乱立している。どれを利用するかは、一度に通信するデータ容量や基地局までの距離など、用途を考慮しながら選定することになる。

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LPWANで広がるIoTの用途

前述したようにLPWANを利用すれば、常時給電が難しく基地局までの距離が遠い屋外にもIoTデバイスを設置できるようになる。災害対策をはじめ、土木・建設現場や高所・危険個所に設置された設備の監視など、IoTの用途は一気に広がることだろう。

さらに屋外だけでなく、屋内においてもIoT活用の幅が広がることになる。例えばビニールハウスや畜舎などに多数のセンサーデバイスとLPWAN基地局を設置、センサーデバイスと基地局間はLPWANで通信を行い、基地局に設置したゲートウェイにいったんデータを蓄積してから、LTEを通じてまとめてデータを送信するといった使い方が可能になる。

従来、こうした仕組みを構築するにはセンサーデバイスごとに通信回線を用意する必要があり、通信コストが大きな課題となっていたが、LPWANを利用すればそうしたコストの課題もすべて解決できる。

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IoTを巡る通信規格では、LPWANのほかに2020年をメドに実用化予定の「5G(第5世代移動通信システム)」も注目されている。

5Gでは10~20Gbpsという超高速通信が可能になるだけでなく、時速数百kmで移動中でも途切れることなく通信できる性能が備わり、現在よりも100倍以上も多くのデバイスへ同時接続できるようになる。

これにより、例えば自動車のあらゆる部品に設置したセンサーデバイスにより、リアルタイムに危険や故障を検知・回避しながら自動運転・遠隔制御できるコネクテッド・カー技術など、大容量データを相互通信するIoTへの応用も期待できる。

いずれにせよ、LPWANや5Gといった新しい通信規格の登場・普及が、IoTをさらに加速させることは間違いない。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。