コラム

IoTシステム構築に欠かせないLPWAの選定
三大規格以外にもある有力な選択肢とは?

IoTシステムを構築する際に、どうしても必要になるのがセンサーデバイスとゲートウェイを接続するネットワーク構成の検討だ。例えば、大規模な建物の屋内、あるいは屋外などに設置されたセンサーデバイスから情報を収集するには、低消費電力かつ広範囲の無線通信を実現する「LPWA(Low Power Wide Area)」(または「LPWAN(Low-Power Wide-Area Network)」)が欠かせない。過去のコラムでは、多種多様な規格が存在するLPWAのうち、世界的に主流となっている「SIGFOX」「LoRa(LoRaWAN)」「NB-IoT」について解説したが、今回は採用事例が増え始めている他の規格に焦点を当ててみる。

IoTシステムでの利用も始まった「BLE(Bluetooth Low Energy)」

スマートフォンやタブレット、ノートPCなどのモバイルデバイスが広く普及した現在、4G LTEやWi-Fiは誰もが知っている身近な無線通信規格だ。そうした身近な規格の一つにBluetoothがある。

 

Bluetoothと言えば、一般的には各種デバイスとその周辺機器をワイヤレスで接続するために利用される無線通信規格と認知されている。用途として多いのは、PCやタブレットで利用するキーボードやマウス、スマートフォンで利用するイヤホンやマイク、あるいはカーナビゲーションシステムとスマートフォンを接続して外部との通信やハンズフリー通話に利用するという例だ。

 

しかし、2009年12月に策定されたBluetooth 4.0の仕様に「BLE(Bluetooth Low Energy)」が追加されてからは、そうした周辺機器との接続用途以外での利用も検討されてきた。Bluetoothの仕様策定を担当するBluetooth SIGによれば、BLEの最大の特徴は、ボタン型電池1つで数年間の連続駆動が可能な低消費電力であるという。スマートフォンやノートPCなどのモバイルデバイスのほとんどが標準搭載しているため、小型化・低価格化も進んでいる。このような特徴から、健康・スポーツ・フィットネス分野で使用するウェアラブルデバイス、医療機器、ビーコンなどの用途にも広く利用されている。

 

通信速度は、2013年12月に策定された最新のBluetooth 5.0では2Mbps、1Mbps、500kbps、125kbpsの4つの規格値が用意されている。通信距離は125kbpsで最大400メートルとなっており、IoTシステムのセンサーデバイスとゲートウェイを接続する用途にも十分に適用できる。

 

ただしBLEは、消費電力と通信速度、通信距離がそれぞれトレードオフの関係にある。つまり通信速度を高速化したり通信距離を伸ばしたりするには、消費電力も増やさなくてはいけない。各デバイスに搭載されているBLE機能は低消費電力を優先しているため、どうしても低速・短距離の通信になるという制限がある。これではIoTシステムに使いづらい。

 

そうした中、BLEの弱点を補ってIoTシステムの通信手段として利用可能にする機器も登場し始めている。例えば、米国のCassia Networks社が開発したBluetoothルーターは、BLE機能を搭載したデバイス側の設定を変えることなく、最大300メートルという広範囲の通信到達距離をサポートしている。1台のルーターで最大40台のデバイスと接続が可能で、BLEプロトコルとIPプロトコルを相互変換機能も備えている。LPWAによる無線通信機能を実装したデバイスを開発する必要がなく、既存のデバイスをそのまま利用できるため、病院内にある医療機器のアセット管理、学校の生徒の出欠や教職員の出退勤管理、工場の生産設備の状態管理など、すでに豊富な導入事例があるという。

写真1 ● assia Networks社のBluetoothルーター「E1000」(左)、「X1000」(右)

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920MHz帯無線通信で先行する「SmartHop」

LPWAの各種無線通信規格には、通信機器ベンダーが開発した独自規格も少なくない。例えばSIGFOXは、フランスのSIGFOX S.A.社が開発した独自のUNB(ウルトラナローバンド)規格だ。同様に日本発の規格も存在する。その代表的な存在と言えるのが、沖電気工業が開発した「SmartHop」である。

 

SmartHopは、電波法の改正に伴って2012年7月から免許不要で利用可能になった920MHz帯の電波を利用する無線通信規格の一つ。920MHz帯は、Wi-FiやBluetoothで使われる2.4GHz帯よりも通信距離が長く、電波の干渉が少なく、到達性・回折性が高いという特性を持つ。また、低消費電力で大規模なマルチホップが可能なことからIoTシステムに最適であり、国内大手メーカー数社がそれぞれ個別に技術開発に取り組んでいる。そうした独自規格の中でもSmartHopは、最も先行している規格。沖電気工業がSmartHop通信モジュールをいち早く製品化したことで、同社だけでなく40社以上の通信機器ベンダーがセンサーデバイス、ゲートウェイ、計測・制御機器にモジュールを組み込んでおり、IoTシステムを構築する際の選択肢が多いことも先行を後押ししている。

SmartHopの特徴は、数多くのセンサーデバイスからデータを収集できる1対n通信に対応し、大規模なIoTシステムが構築できる点にある。SmartHop通信モジュールを搭載したデバイス同士がバケツリレーのようにデータを転送することが可能であり、920MHz帯電波の特性である到達性・回折性の高さも合わせて、障害物のない環境では1キロメートル以上、市街地や屋内など障害物がある環境でも数百メートルの範囲で通信できる。マルチホップ対応なので、複数の経路を用意して自動的に接続を切り替えられるIoTシステムも構築可能だ。

 

省電力性能にも優れており、現行の電池駆動対応モジュールでは10分間隔でセンサーデバイスからゲートウェイにデータ通信を行う場合、10年を超える電池駆動が可能だという。周囲からエネルギーを取り込んで電力に変換するエナジーハーベスティング技術と組み合せた自律電源駆動にも対応しているので、電源が得られない場所での利用にも向いている。

写真2 ● 沖電気工業の電池駆動対応SmartHop通信モジュール「SRシリーズ」

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非常に広範囲の通信エリアをカバーする「RPMA」

もう一つ、最近になって注目を集めつつある規格が、米国のIngenu社が2012年に開発した「RPMA」だ。RPMAはRandom Phase Multiple Accessの略であり、もともとは変調方式を含む通信方式を表している。

 

RPMAは、石油・天然ガスの採掘会社や電力会社、ガス会社、水道会社などインフラ事業を展開するエネルギー産業をターゲットにした無線通信規格であり、非常に広範囲の通信エリアをカバーできることを最大の特徴としている。Ingenu社によると、1つのアクセスポイントで400平方マイル(約1,000平方キロメートル)の油田全体に散在する数万デバイスをカバーできる能力を持っているという。また、センサーデバイスが地下にあったとしても、コンクリートなどの障害物を透過して通信することが可能とのことだ。

 

スループット(帯域幅)の広いところも特徴で、アクセスポイントあたり最大約53万メッセージ/時の処理が可能だという。アップロードだけでなくダウンロードにも対応しているので、必要に応じて設置済みのデバイスをリモートアップデートすることもできる。転送速度はアップロード31kbps、ダウンロード15.6kbpsと決して高速ではないが、その分省電力性能に優れ、単3電池1本で10年以上動作するとのことだ。

 

すでに米国やオーストラリアなどの石油・ガス業界、インフラ事業者に採用事例があり、掘削設備やパイプライン、あるいはスマートメーターの遠隔監視・制御などの用途に利用されている。日本国内には導入事例はないものの、2016年からスイスのデバイスメーカー u-blox社のRPMA通信モジュールが販売されている。国土の約7割が山間部で電波が届きにくく電源供給がままならない日本でも、今後はRPMAを導入する機運が高まっていくだろう。

写真3 ● Ingenu社のRPMA通信モジュール

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今回のコラム記事では、BLE (Bluetooth Low Energy)、SmartHop、RPMAの3つの規格に焦点を当てて紹介したが、LPWA(LPWAN)には他にも数多くの規格がある。それぞれの対応製品も徐々に増えつつあるので、IoTソリューションベンダーと相談しながら自社のIoTシステムに最適な通信規格を慎重に比較検討してほしい。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。