コラム

「幻滅期に突入したIoT」は真実なのか?

調査会社ガートナー ジャパンは2019年10月に発表した「日本におけるテクノロジーのハイプ・サイクル:2019年」(https://www.gartner.com/jp/newsroom/press-releases/pr-20191031)において、IoTプラットフォームが“幻滅期”にあることを明らかにしました。過度な期待に応えられず、IoTに対する企業の関心が失われつつあるというのです。果たして、それは真実なのでしょうか。IoT市場の現状と課題について考えてみます。

ハイプ・サイクルの“幻滅期”に突入したIoT

調査会社ガートナーが提唱する「ハイプ・サイクル」は、技術やサービス、コンセプトといったキーワードの認知度、成熟度、採用状況、課題解決や機会開拓への関連性などを視覚的に示したものです。横軸を「時間の経過」、縦軸を「市場からの期待度」とする波型曲線で表し、新しいキーワードが登場してから市場に受け入れられるまで、概ね同じ経過をたどるとされています。

 

技術やサービス、コンセプトが市場に登場してから認知・普及するまでの間は、期待度が急速に高まる「黎明期」、過熱気味にもてはやされる「過度な期待のピーク期」、熱狂が冷める「幻滅期」、市場への浸透が進む「啓蒙活動期」、成熟したものとして認知される「生産性の安定期」の5つに分けられていますが、実際の経過時間はその技術やサービスによって異なります。なかには安定期に到達する前に陳腐化してしまう技術やサービスもあります。

 

そんなハイプ・サイクルの中で、今回注目したのは「IoTプラットフォーム」の位置です。図1を見ると「IoTプラットフォーム」はちょうど幻滅期に突入したところにあることがわかります。ガートナーのアナリストは「概念実証 (PoC) などの取り組みを通じ、期待から現実に直面するようになった」という考えを示しています。

ただし「これは決して悪いことではなく、基本に立ち返って技術の真価、導入のタイミング、採用・導入領域を見極めるタイミングが訪れていると言える」とも補足しています。

 

図1●日本におけるテクノロジーのハイプ・サイクル:2019(出典:ガートナー)

https://www.gartner.com/jp/newsroom/press-releases/pr-20191031

図1●日本におけるテクノロジーのハイプ・サイクル:2019年(出典:ガートナー)

年平均3割以上の成長が続くIoT市場

IoTは本当に“幻滅期”にあるのでしょうか。ガートナーがハイプ・サイクルを発表したちょうど同じ時期、調査会社のMM総研が国内14,549社を対象に「IoT技術の国内利用動向調査」を実施しました(https://www.m2ri.jp/news/detail.html?id=387)。

 

その調査結果によると、2019年の国内IoT市場規模は約6,100億円、前年比で約45%増となっています。MM総研は2023年まで年平均成長率32.8%で市場が拡大し、2023年に約1兆9千億円、2019年比でおよそ3倍に成長すると見込んでいます(図2)。こうした調査結果からは、市場の関心がIoTから離れているようには感じません。

 

図2●国内IoT市場規模(2017年~2023年) (出典:MM総研)

https://www.m2ri.jp/news/detail.html?id=387

図2●国内IoT市場規模(2017年~2023年) (出典:MM総研)

 

 

同じ調査の中に、IoTに対する市場の注目度が垣間見える調査結果がありました。「国内企業のIoT技術の導入率」を見ると、IoT技術を「社内に導入している」と回答した企業は全体の23.5%。一方で「導入を検討している」と回答した企業は13.4%、そのうちの約3割が2020年にも導入する考えを示しているというのです(図3)。ただし、導入が進んでいるのは従業員数1,000人以上の大企業が中心で、100人以下の中小企業における導入率は1割にも満たず、半数近くは「今後も導入しない」と回答しています。

 

MM総研では「中小企業が導入しない理由の約6割が『IoTを導入する必要性を感じていない』であり、IoTを活用するメリットが十分に伝わっていないとみられる」と分析しています。

 

図3●国内企業のIoT技術の導入率 (出典:MM総研)

https://www.m2ri.jp/news/detail.html?id=387

図3●国内企業のIoT技術の導入率 (出典:MM総研)

製造業を中心に依然として高いニーズ

ガートナーとMM総研の両社のレポートからわかるのは、「IoTとはどういうものか、どんな目的で導入するのか」という本質が理解されるようになったということです。ガートナーのハイプ・サイクルは2次元の波型曲線で表されるため、幻滅期に入って、あたかも市場が縮小傾向にあると勘違いしてしまいがちですが、決してそうではありません。

 

とくに製造業では、中小企業であってもIoTの導入を検討している企業は少なくありません。生産設備・製造装置の稼働状況を常時監視し、故障発生により操業がストップする前に異常の予兆を発見して、事前に保守メンテナンスを行いたいというニーズは依然として高いままです。生産した製品の品質検査の工程にIoTを導入し、温度や湿度といった情報も複合的に分析しながら、不良品が発生しない製造条件を保つようにする仕組みなども注目されています。想定しない操業停止時間を最小化して製品の歩留まり率を高めたいという、製造業のビジネス課題解決に直結するからです。

 

このようなニーズに応えるべく、IoT関連技術はどんどん進化を遂げています。設備・装置を大規模に改修することなく、後付けで情報を収集できるセンサーデバイスが登場し、センサーデバイスのデータを収集・分析・可視化できるクラウドサービスも充実してきました。もはや技術的な課題によってIoTが導入できないというケースは、ほとんどないと言ってよいでしょう。

“コストとヒト”が中小企業への導入を阻む

とはいえ、IoTの導入を阻む要因はまだ残されています。それは「コスト」と「ヒト(人材)」の問題です。

大企業の場合はもともと設備・装置への投資規模が大きいため、そこにIoTの仕組みを取り入れたとしても、極端なコストアップにはなりません。価格が数千万円、数億円という製品を生産する企業にとっても、出荷する製品にIoTを組み込んでおけば保守メンテナンスがしやすくなるでしょう。IoTの導入による成功事例の多くは、そうした大企業の取り組みが中心になっています。

 

しかし、設備・装置にお金をかけられず、製品単価も安いという中小企業にとっては、IoTを導入するための投資はハードルが高いのが実情です。また中小企業には、IoTの導入を推進できる人材がいないという課題もあります。経営者が業務改善に積極的だったとしても、OT(制御運用技術)とIT(情報通信技術)の両方に精通した人材が社内にいなければ、IoTの導入はなかなか進みません。最近は生産部門にOT/ITがわかる人材を登用し、現場主導でIoTを導入する企業が出てきているものの、まだまだ少数派です。

 

このような状況が続く限り、IoTの導入をあきらめて次第に関心を持たなくなる企業が増えても仕方がありません。そういう意味では、ガートナーが指摘するようにIoTが幻滅期に突入したのは真実と言えるかもしれません。

ソリューションベンダーの努力に期待

IoTが幻滅期を抜け出し、次の啓蒙活動期へと進んでいくには何が必要でしょうか。

 

企業が抱えるコストやヒトの課題を解決できるのは、やはりIoTビジネスを展開するソリューションベンダーしかありません。

 

現在もセンサーデバイスやIoTゲートウェイ、クラウドの分析基盤をセットにして、IoTのPoC、またはスモールスタートによる導入が可能なソリューションを提供しているベンダーはあります。しかし、それをさらに一歩進め、初期投資を出来る限り抑えながらIoTを導入できるパッケージソリューションの登場が待たれるところです。同様にIoTを導入したいと考える企業に人材がいなくても、仕組みの構築から分析、運用までを支援するベンダーが現れてくることも必要でしょう。

 

今後、IoTが市場に浸透する啓蒙活動期へと移行していくには、コストやヒトの課題を抱えているために導入できずにいる企業を、いかにして拾い上げるかがカギを握っています。

 

当然のことながら、ベンダーにとっても今後のビジネス拡大につながるのか、ソリューション開発や人材育成の投資に見合ったリターンがあるのかといった課題をクリアする必要はあります。しかしベンダーには、そうした課題を乗り越え、IoTをさらに広めるための努力を期待せずにはいられません。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。