コラム

成功事例から紐解く製造業のDX : 前編「大企業編」
「DX銘柄 2021」選定企業にみる
現場のIoTシステム活用事例

経済産業省が2021年6月に発表した「DX銘柄 2021」では、デジタル技術を活用してビジネスモデルを抜本的に変革し、新たな成長や競争力の強化につなげていくデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む28社が選定されました。このなかには、IoTシステムを導入して工場や現場のDXに取り組む製造業企業も多数含まれています。今回は「成功事例から紐解く製造業のDX」の前編として、DX銘柄 2021に選定された製造業企業(大企業)の成功事例をみていきます。

工場や現場のDXを推進するDX銘柄5選

経済産業省は2020年から東京証券取引所と共同で、DX推進に取り組む東証一部上場企業を選定する「DX銘柄」を発表しています。2021年は企業価値の向上につながるDXを推進する仕組みを構築し、優れた実績が表れていると評価された28社が選定されました。

 

以下にDX銘柄に選定された大手製造業企業のうち、IoTシステムを導入して工場や現場のDXに取り組み、成果を上げている成功事例を紹介します。

①製品検査や設備保全に独自のソリューションを活用
日立製作所

最初に紹介するのは「DXグランプリ2021」に選定された日立製作所の事例です。日本を代表する製造業の同社は、長年にわたってOT(Operational Technology)/IT(Information Technology)の両面における技術ノウハウを蓄積しています。今回はOT/ITを融合させた先進的な社内の取り組み、DX加速に向けた戦略・基盤・人材育成などの体制、自社導入の経験・ノウハウに基づくDXソリューションのグローバル展開などが高く評価され、グランプリに選ばれました。

 

なかでも注目したいのが、自社工場での取り組みです。鉄道・電力・水道・産業分野など重要社会インフラ向けに情報制御システムを手がける同社の大みか事業所では、IoTシステムやデータ分析を活用した独自のデジタルソリューションを構築。ハードウェア/ソフトウェアの開発・設計から納入後の運用保守までのバリューチェーン全体で最適化し、重要社会インフラの安定供給・安定稼働を実現しました。

 

具体的にはハードウェアの設計・製造にIoT技術を活用し、生産リードタイムを短縮する高効率生産モデルを確立したほか、シミュレーション環境の活用による品質管理、安定稼働サービスによる保守支援などに取り組んでいます。これらの取り組みが評価され、大みか事業所は2020年1月、日本で初めて世界経済フォーラムから世界の先進工場「Lighthouse」に選出されました。

 

日立はこうした自社工場での実績をもとに、音響データから異常音を検知して製品検査や設備保全を実現するIoTサービスなどのソリューションを次々に開発。グローバルの顧客やパートナーとともに、社会のDXを実現するエコシステムの構築を加速させています。

 

図1●先進的なDXへの取り組みが進められる日立製作所大みか事業所

https://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2020/01/0110.html

(ニュースリリースより引用)

図1●先進的なDXへの取り組みが進められる日立製作所大みか事業所

②生産現場の製品検査自動化・設備異常予兆検知を実現
旭化成

次に紹介するのは、大手化学メーカーの旭化成の事例です。同社は2019年に中期経営計画「Cs+ for Tomorrow 2021」を策定し、DXの推進を事業高度化のためのアクションの一つに掲げて、研究開発・生産・品質管理・設備保全・新事業創出など幅広いDXの取り組みを進めてきました。とくに工場の生産現場では、AIを活用した製品検査自動化・設備異常予兆検知、IoTシステムを活用した業務の高度化などを推進し、生産効率や収益の向上という成果を上げています。

 

また、コロナ禍で移動が制約されるなか、製品の供給責任を果たすために海外生産拠点と日本のマザー工場を遠隔で接続して新工場の立ち上げを支援しました。さらに、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)の活用による短期間で革新的な新素材や材料の開発、医薬品や生鮮食品の物流の高度化に向けたブロックチェーンの活用、着用型自動除細動器を使用している患者の遠隔モニタリング、デジタル共創ラボの開設など、新しいビジネス創出に寄与するさまざまなDXの取り組みを進めているところも高く評価されました。

 

図2●旭化成が開設したデジタル共創ラボ「CoCo-CAFE」

https://www.asahi-kasei.com/jp/news/2021/ze210607.html

(ニュースリリースより引用)

図2●旭化成が開設したデジタル共創ラボ「CoCo-CAFE」

③技術の革新とデータ資産の活用により事業競争力を向上
JFEホールディングス

大手鉄鋼メーカーのJFEホールディングスは、収益力を再構築して持続的な企業価値の向上を図るために、DXを重要な戦略として位置づけ、デジタル技術を活用したさまざまな施策に取り組んでいます。主力の鉄鋼事業では、IoTシステム、AI、データサイエンスなどを積極的に導入して技術革新とデータ資産の活用を進めており、生産性向上、品質向上、安定操業の実現による事業競争力の向上に役立てています。

 

具体的には、データサイエンスおよび最新デジタル技術を活用した全社DX推進拠点を開設。これはJFEグループの全製鉄所、製造所の操業データを統合的に活用するための環境を備えた拠点であり、①各工程の操業データ連携・地区間の共有化など統合的なデータ活用により生産性向上やコスト削減を推進する、②製造プロセスのサイバーフィジカルシステムを標準化し操業技術のレベルアップを図る、③全社の知識・経験を共有してデータサイエンティストのスキルアップを図るといった機能を果たしています。同社はこの取り組みをもとに、装置産業向けソリューション提供ビジネスの展開も視野に入れています。

 

図3●JFEグループのDX推進拠点「JFE Digital Transformation Center」

https://www.jfe-steel.co.jp/release/2020/07/200720.html

(ニュースリリースより引用)

図3●JFEグループのDX推進拠点「JFE Digital Transformation Center」

④ 安全で生産性の高いスマートな未来の現場を実現
小松製作所

大手建設機械メーカーの小松製作所(コマツ)は、“コト”(施工オペレーションの最適化)と“モノ”(建設機械の自動化・自律化)による未来の建設現場を目指すDXの取り組みを推進しています。同社はその実現に向けてスマートコンストラクション推進本部を設置。スタートアップ企業を含む日米欧20社以上の社外パートナーとの協業・連携による開発体制を構築し、デジタル技術を活用した製品開発を進めています。

 

同社はこれまでもスマートコンストラクションによるドローン測量、IoTシステムを搭載したICT建機による施工といった建設プロセスの部分的なデジタル化を進めてきました。現在はそれにとどまらず、顧客現場の施工を最適化するシミュレーションアプリやダッシュボードアプリによる「現場のデジタルツイン」を実現するなど、施工の全工程をつなぐデジタル化に取り組んでいます。また、スマートコンストラクションで培った技術・ノウハウを活用して、林業の現場のスマート化にも着手。伐採・搬出・運搬・植林計画の最適化と資源の環境保護に貢献する施策を展開しています。

 

図4●建設現場のDXを加速するコマツの「スマートコンストラクション・レトロフィットキット」

https://www.komatsu.jp/ja/newsroom/2020/20200310_2

(ニュースリリースより引用)

図4●建設現場のDXを加速するコマツの「スマートコンストラクション・レトロフィット

⑤コネクテッド二輪車で顧客体験の向上を図る
ヤマハ発動機

最後に紹介するのは、大手輸送機械メーカーのヤマハ発動機の事例です。同社は長期経営ビジョン「ART for Human Possibilities」の実現に向け、「経営基盤改革」「今を強くする」「未来を創る」をテーマにDXを推進しています。なかでも製品のDXに積極的に取り組んでおり、「2030年までにすべての製品をコネクトすることで新しい価値を提供し続ける」という目標を掲げて製品開発を進めています。

 

2020年にはコネクテッド二輪車と専用アプリをインドネシア市場に投入しました。この二輪車は、車両情報のデータを収集・分析し、顧客が利用するアプリのデータと組み合わせてオイル交換時期が提示されるなど、製品品質の向上とメンテナンスサービスの強化を両立させる仕組みを備えています。これにより、製品ライフサイクル全体における顧客体験、ブランド価値の向上につながることが期待されています。

 

なお、同社は2021年に現行車種に続くコネクテッド二輪車の新モデルを発表し、日本国内を含む世界市場にも展開し始めています。

 

図5●ヤマハ発動機のコネクテッド二輪車「NMAX ABS」

https://global.yamaha-motor.com/jp/news/2021/0520/nmax.html

(ニュースリリースより引用)

図5●ヤマハ発動機のコネクテッド二輪車「NMAX ABS」

 

今回紹介した製造業のDX事例は、先進企業で進められているDX推進の現況を知るうえで大いに役立つものです。これから現場のDX推進を加速させていこうと考える企業は、これらの事例をぜひ参考にしてください。

 

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。