コラム

製品IoTに立ちはだかる“マネタイズの壁”を乗り越えて
「モノ売りから、コト売りへ」
ビジネスモデルの転換に挑戦する製造業

B2B分野の多くの製造業が、IoTを活用したビジネスモデルの刷新を目指しています。「モノ」の売り切りを中心とした旧態依然としたビジネスモデルから脱却し、顧客にこれまでにない付加価値を提供して継続的に対価を得る「コト」を中心としたビジネスへ軸足を移すものです。ただ、これは容易なことではありません。製品IoTを通じて、どんな「コト」を提供できるのか。さらに、その「コト」をいかなる手段によって収益化することができるのか。マネタイズの大きな壁が立ちはだかっているのが現実です。さまざまな事例を通して、この課題解決のヒントを探ります。

「コト」売りの基盤となる製品IoT

製造業においてIoTへの取り組みが加速していますが、そこには大きく2つの流れがあります。1つは「工場IoT」です。工場内に設置されたさまざまな機器や装置、産業ロボット、各種センサー、さらには作業者などから収集したデータを蓄積・可視化・分析し、最終的に生産システムを自動化・自律化するスマートファクトリーを目指すものです。

 

そしてもう1つが、本記事の主題とする「製品IoT」です。自社が製造・販売する工作機械や建設機械などの製品にネットワーク接続機能を組み込んでおき、納品した以降もさまざまなデータを継続的に収集し、稼働状況のモニタリングや分析を行うものです。

 

この製品IoTの先駆けとして世界的に知られているのが、建設機械メーカーのコマツが2001年より実装を開始した「KOMTRAX(コムトラックス)」と呼ぶシステムです。建設機械に組み込まれた多数のセンサーやGPSにより、1台ごとの位置や稼働時間、稼働状況、燃料残量などの情報を収集することで、インターネット経由での遠隔管理を実現しました。これにより、主要部品が壊れる前にその予兆を検知して手配するなどメンテナンスの即応性を高めたほか、リテールファイナンスにおける与信管理が行いやすくなり、レンタルで提供する建設機械の稼働率も高まりました。またKOMTRAXを搭載した建設機械は盗難される件数が少ないことから、盗難保険の保険料が下がるといった副次的な効果も現われるなど、以前にはなかったメリットを顧客に提供しています。

 

こうしたコマツの成功事例は、とくにB2B分野の製造業に大きな衝撃を与えました。現在、多くの製造業は製品(モノ)の売り切りを中心とした旧態依然としたビジネスモデルから脱却し、顧客に新たな価値(コト)を提供することで、継続的に対価を得るサービスを中心としたビジネスへの転換を目指しています。製品IoTは「モノ売りから、コト売りへ」のビジネスモデル転換を支え、促進していくための基盤として注目されているのです。

製品IoTが生み出す付加価値を収益に変えた成功例

しかし製品IoTによって、実際に収益を得ることができるコト売りのビジネスを確立するのは容易なことではありません。確かに購入した工作機械や建設機械などが、メーカー側によって常に遠隔監視されるようになり、何らかの異常を検知した際にスピーディに対処してくれる、実際に故障が起こる前に交換部品を手配してくれる、結果としてダウンタイムが縮小するとなれば、顧客にとっても非常にありがたいことです。とはいえ、そこに追加料金が発生するとなれば話は別で、簡単に納得できるものではありません。

 

そもそも顧客は、その製品が長期にわたるライフタイム全般にわたって、問題なく稼働し続けるのが当然と考えています。そのサービスがどんなに高度なシステムで運用されているものであったとしても、顧客にとっては従来からある保守契約の延長線上のものでしかありません。顧客に「お金を払っても利用したい」と思ってもらうためには、これまでとまったく次元の違った付加価値を持つサービスを提供する必要があるのです。

 

世界の先進企業の取り組みを見てみましょう。例えば英国のロールスロイス社は、自社が製造する航空機エンジンにセンサーを取り付け、測定したデータおよびそれを分析した情報を、空港で待機している整備士に随時提供する仕組みを構築しました。これにより迅速な整備や部品交換が可能となり、航空会社にとっての重要課題の一つでもある「航空機の稼働率向上」に貢献しています。さらに航空会社に対して「どの飛行ルートをとれば燃料消費を抑えられる」といった情報も提供しています。

 

まさに、かつてない付加価値を提供するコトの具現化と言えます。ロールスロイス社は現在、これらのサービスを「Power By The Hour」として有償化し、サブスクリプション型のビジネスモデルを展開しています。

 

またオランダのフィリップスメディカル社は、医療機器メーカーからヘルスケアサービス企業への転換を目指す中で、自分たちが提供している医療機器の価値を再定義し、ビジネスモデルを変革しました。

 

そこでの対象となった医療機器の1つが超音波(エコー)検査装置です。同装置は非常に高価であり、これまでは大病院でしか導入できないという問題がありました。フィリップスメディカル社はこの超音波検査装置の価値を、「スキャン回数」で測るべきではないかと考えたのです。大病院では月に1000回を超えてスキャンを行いますが、小規模な病院ではせいぜい100回程度です。この本来の価値に応じて、さまざまな医療機器をシェアして利用できるサブスクリプション型のビジネスモデルを構築。これによりフィリップスメディカル社は新規の売上を伸ばすとともに解約率を低減し、併せて医療機器の標準化を実現することで運用コストを下げるなど、高収益化に成功しました。

日本の伝統的な製造業にもアイデア次第で大きなチャンスが

もちろん日本の製造業にも、まだまだ大きなチャンスがあります。例えば先に紹介したコマツは、KOMTRAXで培ってきた製品IoTの技術とノウハウをベースに、現在では建設現場の環境、機器、資材、労働力などをITネットワークでつないで管理する「スマートコンストラクション」と呼ばれる新たなソリューションビジネスを推進しています。将来的にはこのサービスを中心としたビジネスが、従来からの建設機械の製造やメンテナンスと並ぶ収益の柱になるとも見られています。

 

工作機械大手のオークマのように、自社のCNC(数値制御)装置で動作する工程表作成、NC旋盤の加工プログラム作成、エクセルマシニング機能のテンプレートなど、モノづくりを支援するソリューションを有償で提供するアプリストアを立ち上げた例もあります。そして現在、このアプリストアにはオークマのパートナーである工具メーカーやチャックメーカー、切削液メーカー、3D CADメーカーなども参画し、業界を横断したエコシステムに発展しつつあります。

 

コト売りのビジネスで収益を上げることは容易ではありませんが、これらの例からも言えるように、その課題は技術力もさることながら、アイデアによって乗り越えることができるのです。言葉を変えれば、単に新しい機能を提供することを超えた「ストーリー」を描くことが必要です。また製品IoTによって、目指すビジネスを機械と機械ではなく、「人と人をつなぐ」という視点で捉えることが、そこでの重要ポイントとなります。

 

伝統的な製造業の中にも、経験に裏づけられた豊富なアイデアがあり、積極的なチャレンジを大いに期待するところです。

コト売りに軸足を置いた製造業のビジネスモデル転換

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※本文中に登場する社名やサービス名などは各社の商標または登録商標です。

ITジャーナリスト/ライター

小山健治

 

システムエンジニア、編集プロダクションでのディレクターを経て、1994年よりフリーランス。
エンタープライズIT分野を中心に取材・執筆・調査活動を行っている。
著書に「図解 情報・コンピュータ業界」(東洋経済新報社)、「CRMからCREへ」(日本能率協会マネジメントセンター)、
「ぱそこん日本語入力練習帳」(宝島社新書)、「文系でも大丈夫? 実態から探るSEの就職・転職・キャリアアップ術」(技術評論社)などがある。