コラム

IoTとAIが“化けない”理由
~普及を阻害する要因は何か?~

現在、特に注目を集めているITトレンドとして、「IoT」「AI」の2つは文句なしに挙げられるだろう。いずれも導入企業が急速に増えつつあるのは事実だが、例えばサーバー仮想化やグラウド利用のように、本格的に普及しているかと問われると、必ずしもそうではない。なぜ、IoTやAIの普及が進まないのか。その要因を考えてみた。

普及が進まないのは世界共通の課題

2018年4月23日~27日の5日間、ドイツ・ハノーバーで国際産業技術見本市「ハノーバーメッセ 2018」が開催された。ハノーバーメッセと言えば、2011年にドイツ政府が「Industry 4.0」のコンセプトを発表する場として選ばれるなど、IoT分野における最新トレンドが集まる展示会として広く認知されている。

先日、ハノーバーメッセに足を運んだ方に展示会場の様子について話を聞く機会があった。彼によると、会場内には「IoT」という言葉がほとんど見当たらず、すでに浸透している印象を強く受けたという。展示会に出展した各社のブースでは、データ分析・見える化やAIとIoTを融合するようなテーマが目立ち、IoTは次の段階へと進んでいると感じたとのことだった。

ところが、彼が展示会場で話を聞き進めていくと、ドイツをはじめ欧州各国でもIoTの本格的な普及には至っていないことも分かったそうだ。IoTの普及の状況は、日本と似たり寄ったりであり、日本だけの課題ではないのだ。

ではなぜ、IoTの普及が進まないのだろうか。

阻害要因は“コスト”と“人”

まず、IoTの普及を阻害する最大の要因として考えられるのが「投資対効果」だ。どの企業もIoTには興味がある。例えば製造業であれば、自社の生産設備や製品にIoTシステムを組み込むことによって、膨大なデータを取得できることは分かっている。だが、そのデータをどのように収集・分析すれば、自社のビジネスに直結する情報が得られるようになるのか。それは、実際に導入して“やってみなければ分からない”ところがある。

とは言え、IoTシステムを導入するとなると、どうしてもまとまった額の初期投資が必要になる。投資して導入効果が得られれば、それに越したことはないが、万一効果が得られず、プロジェクトが失敗したとなったらどうだろう。プロジェクトの担当者は責任を問われ、能力不足の烙印を押されかねない。そうした企業風土であれば、失敗を恐れるあまり、社内の誰もIoTシステムの導入に取り組もうとしなくなる。

実は、IoTの導入には失敗がつきものだ。米シスコの調査によると、IoTの取り組みが完全に成功したと考えている企業は全体の26%に過ぎないことが明らかになった(出典:Cisco News プレスリリース https://apjc.thecisconetwork.com/site/content/lang/ja/id/7704)という。ワールドワイドでもこの有様なのだ。

企業の経営層による強力なリーダーシップの下、失敗を恐れずにIoTの取り組みに着手できたとしても、次に立ちはだかる課題がある。それは、IoTに取り組む人材がいないということだ。そもそもIoTのノウハウを持った人材、あるいは取得できたデータを分析して有益な情報を発見するデータサイエンティストを抱えている企業は非常に少ない。人材がいなければ、当然のことながらIoTの取り組みは始まらない。

PoCによりIoTの有効性を検証

このようなIoTの普及を阻害する要因を取り除くには、どのような解決策があるのだろうか。IoTビジネスを推進するベンダー各社も知恵を絞り、企業がIoTに取り組みやすくするためのソリューションを提供し始めている。

投資対効果を心配する企業に対しては、IoTシステムの導入効果を測定するために、一部の適用可能領域に対して概念実証(Proof of Concept:PoC)を容易に実施できるソリューションがある。まずはPoCから始めれば、失敗したときに痛みを伴うような膨大な投資も不要になるのだ。

IoTシステムのPoCでは、必要なデータを取得するためのセンサーデバイス、データをクレンジングして分析・可視化するアプリケーションなどを個別に開発し、データを送信する通信環境もセットで用意しているソリューションもある。PoC実施にあたっては、こうしたソリューションを選ぶとよいだろう。たとえば、東京エレクトロン デバイスのPoCキットでは、マルチセンサータグとIoTゲートウェイ、Microsoft Azure上のアプリケーション開発環境がセットで提供される(図1参照)。

また最近は、分析・可視化するアプリケーションの開発・実行環境を提供するクラウドサービスも増え始めている。こうしたサービスは、利用した分だけ従量制の料金を支払う仕組みなので、投資を抑えることが可能だ。サービスによっては、無料の利用枠が用意されている場合もあるため、PoCとうまく組み合わせることで、より少ない投資でIoTの有効性を検証できるだろう。

図1 ● 概念実証を容易に実施できるPoCキットの例(東京エレクトロン デバイス)

図1 ● 概念実証を容易に実施できるPoCキットの例(東京エレクトロン デバイス)

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“人の代わりにAI”はもう少し先

人材不足については、データを分析して有益な情報を発見するデータサイエンティストの仕事を人工知能(AI)に肩代わりさせるというソリューションが続々と登場している。とりわけクラウドベンダーは、IoTとAIを連携・融合させたサービスの提供に熱心だ。Web API 経由で利用できる数多くのAIパーツが揃っているMicrosoft Azureの「Cognitive Services」(図2参照)や、IBM Cloudの「Watson Analytics」などは、こうしたサービスの代表例である。

しかしながら、AIの普及も進んでいないのが実情だ。AIは、機械学習を繰り返すことでどんどん賢くなっていく。言い換えると、使い始めたばかりの段階ではそれほど賢くないため、どうしても人が教師役となって学習させなければならない。効果がすぐに表れないのにもかかわらず、AIを利用するにはコストがかかる。そんな失敗例が聞こえてくるので、企業はAIの導入に二の足を踏むのである。これは何もIoTとの連携に限ったことではなく、いまのAIの課題、普及を阻害する大きな要因と言えるだろう。

IoT分野では製造業の生産装置や製品の保守メンテナンスを効率化するために、故障の予兆検知などにAIを活用する例も始まっているものの、IoTとAIが切っても切り離せない関係になるにはもう少し時間がかかるかもしれない。だが、AIを提供するベンダーでもすでに学習済みの業務業種に特化した専用AIを開発・提供する動きを活発化させている。今後の適用分野拡大に期待したいところだ。

人の問題については、社外のパートナーを積極的に活用することも解決手段の一つだ。自社にはIoTのノウハウを持った人材がいなくても、IoTシステムの構築実績を多数持っているベンダーはある。こうしたベンダーを上手に活用することも、IoTの取り組みを成功に導く近道だ。

図2 ● Microsoft Azure「Cognitive Services」で利用できるAIパーツ一覧

図2 ● Microsoft Azure「Cognitive Services」で利用できるAIパーツ一覧

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技術的な阻害要因はもはや心配無用

ここまでIoTの普及を阻害する要因として費用対効果と人材不足の2つを挙げたが、このほかにも技術的な要因からIoTに取り組めないケースもある。

例えば、社内ポリシーによりセンサーデバイスから取得したデータを外部に出せないため、クラウドサービス上でアプリケーションを開発できないといったケースだ。また、センサーデバイスからデータを取得するための通信環境やセキュリティ対策に不安があるため、IoTシステムの導入に踏み切れない企業もある。

だがこうした技術的な阻害要因は、急速な技術革新により取り除かれつつある。その一例がIoTシステムの中に急速に浸透し始めたエッジコンピューティングだ。これまでクラウドサービスやオンプレミスのサーバーにデータを転送してから実行していた処理の一部、あるいは大部分をエッジデバイスで実行することで、データを外に出さなくても情報活用ができるようになる。こうした技術革新は、各種装置・機器を制御するPLC(Programmable Logic Controller)との連携から、IoT向け無線通信技術であるLPWA(Low Power, Wide Area)の各種規格、セキュリティ対策まで広がっており、すでに技術的な心配は無用だ。

IoTの取り組みは、必ず成功するとは限らない。しかし、最初の一歩を踏み出さない限り、ビジネス拡大に直結する成功を獲得することもできないことを肝に銘じておきたい。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。