コラム

『東京オリンピック・パラリンピック』を契機に期待が高まる「社会インフラのデジタルトランスフォーメーション」

2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピック大会は、世界最大のスポーツの祭典であると同時に、わが国における最先端のIT活用の在り方を世界に示すショーケースでもあります。また閉塞化しつつある日本型の経済構造や老朽化した社会インフラを変革するチャンスとしても捉えられています。このデジタル変革の鍵を握っているのが「IoT」「AI」「5G」といったテクノロジーです。

巨大都市の社会インフラを舞台としたIoT、AI、5Gのショーケース

1964年以来、東京で56年ぶりとなるオリンピックが2020年7月24日~8月9日、パラリンピックが2020年8月25日~9月6日にかけて開催されます。開会までいよいよ1年を切り、各種競技の観戦チケットの抽選も行われ、世間はすっかりカウントダウンのムードに包まれています。

 

世界トップクラスのアスリートによるどんな熱戦が繰り広げられるのか、今から胸が躍ります。加えて今回の東京オリンピック・パラリンピック大会では、もう1つ注目すべきものがあります。それは他でもないテクノロジーで、「IoT」「AI」「5G」の3つのキーワードに象徴にされる最先端のITが積極的に投入・活用されることです。

 

すでに個々の企業レベルでは導入が加速しているIoTやAIですが、東京のような巨大都市の社会インフラを舞台とした本格活用としては、これが最初のショーケースとなります。また2020年は、IoTやAIのモバイル環境での運用を支える5Gのさまざまな商用サービスが立ち上がってくるタイミングとも重なっており、東京オリンピック・パラリンピックは格好の披露の場になると言われています。

 

とはいえ、実際にどんなテクノロジーがどのような形で活用されるのか、なかなか具体的な姿をイメージすることはできません。そこで、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が2018年6月28日に発表した「テクノロジー諮問委員会による提言書」をベースに、その方向性を探ってみましょう。

 

同提言書は「東京オリンピック・パラリンピックをイノベーティブな大会にするには何が必要か」「人とテクノロジーとの共存を図るにはどんなメッセージが重要か」といった観点から、大会運営におけるテクノロジーの活用、デジタルコミュニティからの情報発信の重要性、テクノロジーを使った大会後のソフトレガシー 、つまり無形の社会的遺産の在り方などに言及したものです。

 

ソフトレガシーについては、例えば各競技場に整備されたWi-Fi環境やデジタルサイネージなどを活用してデジタルメディアによる地域情報発信を促していく、または観戦者やボランティアなどのデジタル記録(CRMデータ)を今後のスポーツ振興プログラムや健康促進プログラムへと引き継いでいく、さらには大会のデジタル記録(アーカイブ)を活用して大会後も選手間や関係者間のつながりをサポートするソーシャルメディアプラットフォームを構築するといったことが考えられています。

 

テクノロジー諮問委員会の委員長を務める国領二郎氏は「IoTによるさまざまなセンサーデバイスの活躍はすでに実用段階に達しており、AIも加速的に進化しつつあります。これらのテクノロジーを『こういう風にやれば人間と馴染みの良い活用ができる』というところをしっかり見せていきたいと思います」と語りました。

 

東京オリンピック・パラリンピックを契機に商用サービスが本格化する日本の「5G」
(引用:総務省、平成31年4月10日、「総務省Society5.0時代の地方~ICT/IoTの活用による地域活性化に向けた総務省の取組~」)

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これからの大会運営を変えていくテクノロジーとは

同提言書を開いて目にとまるのは、第1章に記された「最先端テクノロジーでなければ戦えない、人にやさしくなければ使う意味がない」というフレーズです。これこそが「これからのオリンピック・パラリンピック大会の運営を変えていくテクノロジーはどうあるべきか?」という方向性を示す基本コンセプトとなっています。

 

同諮問委員会は「大量の物品調達や人の移動・輸送を伴う大会運営業務、警備業務などにおいて、最新のITを活用した運営の効率化・スマート化を図ること」を、組織委員会が取り組むべき最優先課題に位置づけるとともに、「東京大会における大事なポイントは、最先端のテクノロジーを活用しつつ、いかに人にやさしく、現場のボランティアや観客の悩みを解決できるかにある」と強調しています。

 

そして、これらの課題に対して打ち出しているのが、大会の準備から実行、後処理まで、すべてのプロセスにわたる次のような提言です。

 

①大量の物流・輸送をスマートにこなす

・水素エネルギーや再生可能エネルギーの活用により、カーボン排出量を最小化する大会運営を実現する。

・大量の交通データ分析に基づく、きめ細かい渋滞予測、急な競技スケジュール変更にも迅速に対応できる関係者車両の最適配置など、ITを最大限活用して実現する。

②現場ボランティアを支えるモバイル

・モバイルデバイスを活用し、一人ひとりの状況を可視化することで、現場の最適判断と快適な業務環境を実現する。

③観客の快適をサポートするAI

・ロボットや多言語翻訳によるフレンドリーな会場案内や競技解説、チャットボットによる迅速な問い合わせ応答(コールセンターなどのオペレーションコストの削減)、トイレや売店の待ち時間予測など、課題解決のためのAI活用を実現する。

④会場の警備をサポートするテクノロジー

・生体認証を活用した迅速・安全な関係者の入退場管理、セキュリティカメラと画像処理技術による混雑度モニタリングなどにより警備員業務を効率化する。

⑤大量の物品調達の後処理

・大会後の物品二次利用やオークション販売を支える、リユース支援プラットフォームを活用する。

「IoTおもてなしクラウド」による都市サービスの高度化

さらに東京オリンピック・パラリンピック大会では、多くの外国人観光客が日本にやって来ると予想されることから、最先端のテクノロジーを活用した“おもてなし”を実現しようという取り組みが、産官学を上げてなされています。総務省が主導する「IoTおもてなしクラウド事業」もその一つです。

 

日本に不慣れで日本語も理解できない外国人観光客の一人歩きや快適な滞在を可能とするため、IoTやクラウドを用いて旅行者個人の属性情報を活用し、複数の事業者が連携することにより、先進的かつ多様なサービス提供、決済環境の実現を目指すというものです。

 

すでに行われた実証実験によると、日本に到着した外国人観光客は、スマートフォンのアプリを使って「IoTおもてなしクラウド」に自分の氏名や年齢・国籍・母国語・パスポート情報・食の禁忌などの属性情報を登録します。もちろん、どの情報を誰に提供するかは、本人の意思が尊重されます。例えばパスポート情報は、ホテルにチェックインするとき以外は提供しないといった設定が可能。また購入した交通系ICカードを自分のスマートフォンにかざして、自身の情報と紐づけて利用することもできます。カードには個人情報が記録されないため、仮に紛失した場合もセキュリティは安心です。

 

こうした仕組みにより、具体的には次のようなサービス提供がイメージされています。

 

①災害発生などの緊急時に、災害情報・避難所情報・交通情報・避難経路などの情報をデジタルサイネージやスマートフォンなどと連携して伝え、安全に誘導する。

②ホテルなど宿泊施設のチェックイン、公共競技場や美術館・博物館などの入退室管理をスムーズにする。

③主要観光地やショッピングモールのデジタルサイネージで、利用者の言葉に応じた情報を提供する。これには身体の障害に応じたバリアフリーマップやハラル情報の提供も含まれ、安心して食事や買い物ができるようにする。

 

東京オリンピック・パラリンピックはあくまでも一時的なイベントですが、これを契機に私たちの社会にどのようなデジタル変革が起き、大会のあとにはどんな景色が広がっているのか――。そんな観点から、この1年の動向を眺めていきたいと思います。

総務省が主導する「IoTおもてなしクラウド事業」
(引用:総務省 、平成29年11月6日、「平成29年度 IoTおもてなしクラウド事業について」)

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ITジャーナリスト/ライター

小山健治

 

システムエンジニア、編集プロダクションでのディレクターを経て、1994年よりフリーランス。
エンタープライズIT分野を中心に取材・執筆・調査活動を行っている。
著書に「図解 情報・コンピュータ業界」(東洋経済新報社)、「CRMからCREへ」(日本能率協会マネジメントセンター)、
「ぱそこん日本語入力練習帳」(宝島社新書)、「文系でも大丈夫? 実態から探るSEの就職・転職・キャリアアップ術」(技術評論社)などがある。