コラム

“超スマート社会”の実現に向けて始まった 生活の質や利便性を高める“スマートIoT”実証実験

政府が新しい科学技術政策として提唱する「Society 5.0」では、IoT、AI、ロボット、ビッグデータなどの技術を取り入れて社会的課題を解決する“超スマート社会”を目指すとしている。すでに産業界ではこれらの技術を活用したシステムが数多く実用化されているが、このところ加速するセンシング技術の進化と普及によって、生活の質や利便性を高める仕組みも徐々に登場している。今回のコラムでは、“超スマート社会”の実現に向けて始まったさまざまな“スマートIoT”の実証実験の中から、私たちの生活に身近な取り組みの事例をいくつか紹介しよう。

続々と始まった実証実験と実用化

“超スマート社会”は、私たちの生活を大きく変える可能性を秘めている。それを実現するための鍵を握るIoTの要素技術として、ここ最近目覚ましい発展を遂げているのが「センシング技術」だ。すでに産業界では、温度、湿度、振動、音波、加速度などのデータを計測、収集するセンサーデバイスが広く利用されている。また、高精細な画像処理が可能になったことで、カメラをセンサーデバイスにした画像認識というセンシング技術の実用化も進みつつある。

こうしたセンシング技術を応用し、公共サービスやモビリティ、生活に役立てるためのさまざまな実証実験が行われている。また、特別なセンサーデバイスを用意するのではなく、私たちの身近にあるスマートフォンを利用した仕組みの開発も始まっている。

そうした“スマートIoT”実証実験のうち、特にユニークな取り組みの事例を以下に紹介する。

① 保育士不足の解消を目指す「IoT保育園」

福岡市のきりん幼稚園・きりん保育園では、2018年3月から2019年3月まで「IoT保育園」の実証実験が行われている。これは、福岡市が整備した広域IoTネットワークサービス「Fukuoka City LoRaWAN TM」を活用し、地場のITベンダーと通信事業者、大学による産学官連携の共同プロジェクトとして進められているもので、深刻化する保育士不足など保育園の現場が抱える課題をIoTで解決しようという試みだ。

実証実験が行われているのは「空気環境の見える化」と「乳幼児の状態取得・管理」の二つ。空気環境の見える化では、園舎内と園庭に温度、湿度、CO₂濃度、PM2.5濃度を計測するセンサーデバイスを設置し、計測データをタブレット端末や職員室のサイネージに表示。その情報を基にして保育士が園舎内の空調機器の制御や換気を行うことで、インフルエンザをはじめとする感染症の予防など快適な保育環境の実現に役立てている。将来的には、計測データに基づいて空調機器を自動制御する仕組みも実装する予定だという。

もう一つの乳幼児の状態取得・管理では、午睡中の乳幼児の布団に呼気検知センサーを、衣服に寝返り検知センサーを取り付け、乳幼児の状態を把握して事故防止に活用している。うつぶせ寝や呼吸の停止といった異常が検知されると、保育士が着用しているウェアラブルデバイスが振動して知らせる仕組みだ。また、取得したデータは蓄積され、保育記録に自動的に反映されるため、記録業務の効率化が進み、保育士の負担軽減にもつながっているとのことだ。

図1 ● IoT保育園の実証実験(出典:福岡市)

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② 救急医療を効率化する「IoT救急車」

今日の救急活動には、住民の高齢化に伴う需要の増加によって近隣消防署の救急車が出動できなかったり、道路交通状況によって渋滞に巻き込まれたりして、医療機関まで搬送するのに時間がかかるという課題がある。また傷病者を搬送する際の情報共有手段は救急隊員の観察によって緊急度・重症度を電話で医師に説明するというものであるため、正確な情報をリアルタイムに伝達することが困難であるとの課題もある。

これらの課題を解決するために、神奈川県横須賀市は2014年、「ユビキタス救急医療支援システム」を実用化した。このシステムは、救急隊と医療機関が救急車で搬送中の傷病者情報を共有するというものだ。救急車内の様子やバイタルモニタを撮影するカメラを取り付けられており、医師はカメラを遠隔操作して傷病者の容態や状況を把握することができる。救急車のリアリタイム位置情報も確認可能なので、救急車の到着時刻もより正確に予測できる。電話では伝えにくい状況を医師に伝達し、受け入れ準備を効率化しての初期治療開始までの時間を短縮することが可能になる。

IoT救急車の最大の特徴は、システム構成がシンプルかつ簡素であり、導入費用も運用経費もかからないことだ。救急隊員の作業負担の抑制という効果も得られているという。現在は横須賀市と隣接する三浦市の全救急隊に導入されているほか、救急病院が所有するドクターカーも同機能を装備しているという。

図2 ● ユビキタス救急医療支援システムの仕組み(出典:横須賀市)

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③ 移動困難者を救う「IoTデマンド交通」

急速な少子高齢化の影響を受けて、特に地方では路線バスなどの公共交通機関の収益が悪化し、路線廃止によって多くの交通弱者、移動困難者が生まれている。こうした交通問題に対応するために、地方自治体では「デマンド交通」を導入する事例が増えている。デマンド交通とは、利用者のニーズに応じて予約が入ったときだけにオンデマンドで運行する交通サービスであり、路線バスとタクシーの中間にあたる存在だ。

このデマンド交通に高精度位置情報を活用したIoTロケーションシステムを適用する実証実験が、2017年12月~2018年2月に岡山県玉野市で行われた。玉野市では、幹線輸送のコミュニティバス「シーバス」、支線送迎のデマンドタクシー「シータク」という公共交通が市民の足として確立されている。しかし利用者の間には、シーバスやシータクがいつ到着するのか、スムーズな乗り継ぎが可能かといった不安があったという。そこで実証実験では、日本独自の衛星測位システム「みちびき」の高精度位置情報を活用したロケーションシステム「シーナビ」を開発。シーバスとシータクにみちびき対応のIoTデバイス(GPS/QZSSトラッカー)を搭載し、スマートフォン用の定期位置情報取得・送信アプリを使って5秒間隔で位置情報を取得する仕組みにした。車両の現在地がすぐにわかるようにナビゲーションすることで、乗り継ぎに関する不安が解消されるなど、利用者にも好評だったという。

④ 統一フォーマットを目指す「電子レシート」

2018年2月、東京都町田市で「電子レシート」の実証実験が行われた。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「IoTを活用した新産業モデル創出基盤整備事業/電子レシートの標準データフォーマット及びAPIの開発」事業によるもので、町田市内のドラッグストア、コンビニ、スーパー、ホームセンター、コーヒーショップなど27店舗が協力。買い物客にスマートフォンアプリを通じて統一フォーマットの電子レシートを発行し、個人を起点とした購買履歴データを利活用する可能性を探った。

電子レシートの利用は、買い物客と店舗の双方にメリットがある。買い物客は、異なる店舗から受け取った電子レシートを家計簿アプリや健康管理アプリなどに転送し、手間をかけることなく家計管理や健康管理に役立てられるようになる。一方の店舗側は、買い物客の許可を得た上で匿名化された購買履歴データを活用し、正確な消費者理解や新たなサービスの実現に活用できる。

実証実験では、電子レシートの購買履歴データを扱う際の標準フォーマットと、蓄積された購買履歴データを他アプリと連携する際に用いるAPIが正常に機能することが確認できた。これらの仕様は無料で公開されることになっており、近い将来には買い物客と店舗の双方が効率的かつ効果的にデータを利活用できる環境が整備されることになる。

図3 ● 電子レシート実証実験の概要(出典:経済産業省)

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“超スマート社会”を実現するスマートIoTの活用というと、高度道路交通システム(ITS)と連動して運転者をサポートするスマートカー、あるいは東京2020オリンピック・パラリンピック大会の関係者本人確認に採用が決定した顔認証システムなど、話題性のある事例ばかりが紹介されがちだ。しかし、実際には生活に密着するさまざまな実証実験が行われ、一部は実用化も始まっている。“超スマート社会”は決して夢物語ではなく、私たちの身近な存在なのである。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。