コラム

DX推進に不可欠
「クラウドリフト&クラウドシフト」の実際

企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するなか、既存のIT資産をクラウドへ移行する動きが加速しています。オンプレミス環境に構築された業務システムをスムーズにクラウドへ移行するには、どのようなアプローチがあるでしょうか。クラウド移行の第一歩となるクラウドリフト(乗せ換え)からクラウドネイティブによる再構築まで、最適なクラウド移行手段を考えます。

クラウドはシステム刷新後の新たなシステム基盤

前回の本欄では、経済産業省が2020年12月に公表した中間報告書「DXレポート2(中間取りまとめ)」の内容に触れ、「レガシーシステム刷新」が「DXの本質」とは異なる解釈であることを解説しました。しかしながら、DXを推進してビジネスの変化に即応するためには、旧態依然としたオンプレミス環境の業務システム ―― すなわちレガシーシステムを刷新することは避けて通れません。

 

そして、レガシーシステムを刷新する新しい業務システム基盤の“大本命”と言えるのが、パブリッククラウドサービス(以下「クラウド」と表記)です。

 

クラウドを利用する最大のメリットは、IT部門の業務負荷を高めるとともにIT予算を圧迫する大きな要因となっていた機器(サーバー、ストレージ、ネットワーク装置などのハードウェア)の調達・運用・保守を解放することにあります。これにより、新しいビジネスを展開する際に必要となるアプリケーション/サービスを素早く構築・展開できます。

 

こうしたメリットから、いまや日本国内ではおよそ7割の企業が何らかのクラウドを利用しています。2021年6月に総務省が公表した「令和2年通信利用動向調査の結果(概要)」(https://www.soumu.go.jp/main_content/000756018.pdf)でも、最新の2020年調査においてクラウドを利用する企業の割合は68.7%に達しています。

コアコンピタンス領域以外は「SaaS利用」が最善策

オンプレミス環境で稼働する従来の業務システムをクラウドへ移行するには、どのようなアプローチがあるでしょうか。

 

まず考えられるのが、クラウド事業者がSaaSとして提供するアプリケーションの利用に切り替えるというアプローチです。かつては多くの企業がオンプレミス環境にメールサーバーやグループウェアサーバー、ファイルサーバーといった情報系システムを用意し、コミュニケーション/コラボレーションの手段として利用していました。しかし現在は、メール、スケジュール共有、情報共有ポータル、ファイル保管などの機能を提供するSaaSの利用が当たり前となり、オンプレミス環境に情報系システムを構築・運用する企業は減少傾向にあります。企業ポリシーによる制約やセキュリティ上の懸念からクラウド利用をためらう企業はあるものの、SaaS利用は最も導入しやすいクラウドと言えるでしょう。

 

SaaSについては、給与・財務会計・人事などの間接業務関連、SFA/CRMやMAツールなどの営業・マーケティング業務関連の利用も増えています。自社ビジネスの強みに直結するコアコンピタンス領域の業務システム以外は、必要な機能があらかじめ用意されているSaaSを導入することで、運用管理負荷もコストも大幅に削減できるという効果が得られます。

 

 

図1●クラウド移行アプローチ①「SaaS利用」

 

図1●クラウド移行アプローチ①「SaaS利用」

まずは手っ取り早く「クラウドへそのままリフト」

コアコンピタンス領域の業務システムの場合、SaaSの利用は簡単ではありません。なかにはノーコード/ローコードで独自の業務アプリケーションを開発・実行できるSaaSもありますが、適用可能な業務は限られています。このような業務システムをクラウドへ移行する際、最初のステップとして考えられるのが「クラウドリフト」と呼ばれるアプローチです。

 

近年はサーバー仮想化技術の発展により、オンプレミス環境で稼働する業務システムの多くが仮想マシン上に構築されています。こうした仮想マシンをできる限り、そのままの状態でクラウド上のIaaSに移行しようというのが、クラウドリフトの考え方です。

 

どのIaaSでも、Windows Serverの新旧バージョン、各種Linuxディストリビューションがサポートされているため、アプリケーションサーバーやデータベースなどのミドルウェア、各種ライブラリやフレームワークなどの開発・実行環境、パッケージソフトウェアやスクラッチ開発のアプリケーションを持ち込むことは比較的容易です。また、クラウド事業者やサードパーティーのソフトウェアメーカーが提供する移行ツールも充実しており、これらのツールを活用すれば、ほぼ自動でクラウド移行が可能です。

 

ほかにも、例えば最も普及しているサーバー仮想化技術「VMware vSphere」のように、Amazon Web Servicesに対応した「VMware Cloud on AWS」、Microsoft Azureに対応した「Azure VMware Solution」といった移行ソリューションが提供されているものもあります。さらにクラウドリフトを進める企業向けに、クラウド移行支援サービスを提供するSIerも数多くいます。

 

ただし、クラウドリフトには注意点もあります。基本的に古いシステムをそのまま移行することになるので、OSやミドルウェア、アプリケーションのアップデートやバージョンアップ、OSより上位レイヤーにあるシステムの稼働監視といった運用管理業務はそのまま残ります。また、いずれはOSやミドルウェアのEOL(保守終了)に伴うシステム大規模改修の時期も迎えます。そのため、クラウドリフトは基本的に、恒常的なクラウド移行ではなく、暫定的な措置として認識すべきです。

 

 

図2●クラウド移行アプローチ②「クラウドリフト」

 

図2●クラウド移行アプローチ②「クラウドリフト」

目指すは「クラウドネイティブへのシフト」

オンプレミス環境からクラウドへ移行する際に、業務システムを一から作り直す、すなわち完全に「クラウドシフト」を実施するというアプローチもあります。この場合、最新機能を備えたアプリケーションの設計・開発を慎重に進めなければならないため、移行にかかる期間やコストはクラウドリフトと比べて段違いにかかります。

 

このようなクラウドシフトを進める際、IaaS上に仮想マシンを構築してウォーターフォール型で開発プロジェクトを遂行するといった従来のやり方では、ビジネスの変化に即応できる業務システムを素早く立ち上げることは困難です。そこでクラウドシフトを実施するにあたっては、仮想マシンよりもさらにシステム基盤を抽象化したコンテナやサーバーレスといった最新技術、それらの技術やミドルウェアをサービスとして提供するPaaSを組み合わせ、クラウドネイティブなアプリケーションを構築することが求められます。

 

さらに、システムの設計・開発・実行を短いスパンで繰り返しながら改善していくアジャイル開発手法、開発チームと運用チームが相互に協調・協力してアプリケーションを開発・運用するDevOps、更新したアプリケーションを自動的にテストして本番環境にリリースするCI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)の仕組みなども取り入れ、将来にわたって継続的に利用できる業務システムを構築することが望まれます。

 

もちろん、クラウドネイティブ環境へのシフトはひと筋縄ではいきません。とはいえ、最近は最新技術に精通し最新の開発手法に豊富な経験を持つSIerも増えています。こうしたSIerを活用しながらクラウドシフトを成し遂げることで、DXの推進に相応しいシステム刷新を実現できるのです。

 

なお、クラウドリフト/クラウドシフトを問わず、既存のオンプレミス環境を含むハイブリッドクラウド、あるいは複数のクラウドサービスにまたがるマルチクラウドの統合運用管理環境も整備する必要があります。そのためには、単にスポット的なクラウド移行支援だけでなく、業務システムの将来のロードマップも描きながら、設計・開発・構築・運用・保守を一貫してサポートできるSIerを選定することを強くお勧めします。

 

 

図3●クラウド移行アプローチ③「クラウドシフト」

 

図3●クラウド移行アプローチ③「クラウドシフト」

 

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。