コラム

第1回「IoTアプリケーション」編
「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」
にみる最新IoT技術動向

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は2023年12月、同組織が取り組む「JSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業」の成果を発表する「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」を開催しました。同シンポジウムでは日本国内の大学・教育機関に在籍する研究者が取り組んだIoT関連の最新技術の研究成果が発表されました。ここではその中でも、とくに注目すべきポイントについて3回にわたり紹介していきます。第1回目の今回は「IoTアプリケーション」がテーマです。

実用的な最新IoTアプリケーションの研究成果を発表

JSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業は、文部科学省が選定した戦略目標「次世代IoTの戦略的活用を支える基盤技術」 のもとに始まった取り組みであり、日本国内の大学・教育機関で最先端IoT技術領域の研究開発に従事する研究者の活動を支援するという事業です。2023年12月に開催された「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」では、2020年度に採択された研究テーマについて、研究に携わる研究者から最新の成果が「IoTアプリケーション」「IoTインフラストラクチャー」「IoTコアテクノロジー」の3分野に分けて報告されました。

 

今回は「IoTアプリケーション」分野の研究成果から、4つのセッション内容を紹介します。

環境適応エネルギー・データ統合管理IoT基盤
京都大学大学院情報学研究科 教授 新津葵一氏

京都大学大学院情報学研究科の新津葵一教授は、半導体集積回路の研究開発に携わる研究者です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択されたテーマは、IoTがエネルギー環境をセンシング・検知したうえで自動的にデータを管理する基盤の開発です。

 

この研究開発を進めるうえで新津教授が着目したのは、自身の専門分野である半導体集積回路でした。製造プロセスの微細化によって進化してきた半導体集積回路は、単位エネルギーあたりのデータ処理量であるエネルギー効率が一貫して向上してきました。IoTにおいてもこれを応用し、低速・小データ処理にすることで低消費電力化できると考えたわけです。

 

「スマートフォンやHPCに使われる半導体は常に最先端の製造プロセスでつくられた製品を採用しています。しかしIoTではそこまで高い性能が求められないため、いわば“お下がり”の技術を活用することができます。このお下がりに超低待機電力素子を追加するなどリメイクすれば、IoTに準先端プロセスを活用することができ、半導体産業の持続的成長にもつながります」(新津教授)

 

このような発想のもとに新津教授が開発したのが、環境光量に応じて消費電力を最適化する自己駆動機能付きの「光環境適応型昇圧回路技術」です。この技術を応用し、涙液糖値の推移をメモリに蓄積・読み出しできる回路を世界で初めて開発し、メーカーの協力を得てコンタクトレンズに実装しました。

 

「このコンタクトレンズは糖尿病患者が装着しているときに血糖値推移をモニタ・蓄積し、ケースに戻したときにデータを読み出します。室内光ではメモリへの書き込みに遷延しますが、屋外の太陽光があればLED駆動のAIにより低血糖予知も可能になります」(新津教授)

 

この研究成果はIEEEが開催した国際会議「BIOCAS 2023」で発表され、半導体集積回路設計の国際会議「ISSCC 2024」でも発表の予定です。

 

環境適応エネルギー・データ統合管理IoT基盤の実績

(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 新津葵一氏発表資料)

環境適応エネルギー・データ統合管理IoT基盤の実績

 

人の知覚を用いた参加型IoTセンサー調整基盤の創出
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 助教 松田裕貴氏

奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科の松田裕貴助教は、ユビキタス・モバイルコンピューティング領域の研究に携わる研究者です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択されたテーマは、人が知覚する世界とIoTセンサーが観測する世界の差を埋めるための基盤技術の開発です。

 

この研究開発を進めるにあたり、松田助教は「IoPT」という用語を提唱しました。IoPTとは「Internet of “Perception-aware” Things」の略称です。

 

「IoPTは日常生活のなかで人が感じた知覚をIoTに伝え、物理的なセンシングと比較したうえで人がどう解釈するかを調整・出力することをコンセプトとしています。これは私が研究開発を進めてきた『ユーザー参加型センシング』を基礎技術とし、人の知覚データとIoTのセンサーデータをマージしたモデルをつくるものです」(松田助教)

 

ユーザー参加型センシングとは、スマートフォンを使ってデータを収集する仕組みです。このIoPTプロジェクトは3つの領域に分けて進められています。

 

「ユーザー参加型センシングはその特性上、必ずしも正確なデータが集まるとは限らないため、データ収集の信頼性を向上させるプロジェクトを進めています。また収集したデータを使って実際の体感や心理状態を想定するIoTユースケースプロジェクト、さらに基盤技術をどうやって使っていくかという仕組みをデザインするプロジェクトにも取り組んでいます」(松田助教)

 

この基盤技術はすでに実用化も始まっており、例えば奈良県生駒市民向けのスマートシティアプリ「ためしば」、小学生の視点から見た街をデータ化した「にしょロボくん」、トングでゴミを拾うだけでポイ捨てゴミの種別・位置情報を収集する「とんがーる」といったシステムに実装されています。

 

IoPTの概要

(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 松田裕貴氏発表資料)

測域センサーを搭載した複数UAVによる共通IoTセンシング基盤
大阪大学 サイバーメディアセンター 准教授 廣森聡仁氏

大阪大学 サイバーメディアセンターの廣森聡仁准教授は、モビリティ・シミュレーション・CPS(サイバーフィジカルシステム)の研究に携わる研究者です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択されたテーマは、短時間で三次元マップを構築できるようにLiDAR(光による検知・測距技術)を搭載した複数のUAV(無人航空機)を活用する技術の研究です。この研究の背景には、震災の被災者を減らすために被害状況を迅速に把握したいというニーズがあります。

 

「震災が発生した際、復興や保険適用のために被災状況を詳しく調査する必要があります。しかし実際に被災地を訪問するには時間も人手もかかるうえに危険を伴います。安全に行うために人工衛星やUAVで撮影した画像を用いる研究もありますが、観測に時間がかかることが課題でした」(廣森准教授)

 

この課題を解決するために廣森准教授がまず取り組んだのが、「まばらな点群に対する構造物推定手法」でした。これは構造物の幾何学的特性を仮定し、計測した三次元点群を地表面に投影して構造物の輪郭を抽出する技術手法です。半面以下の角度範囲からの観測によって構造物の復元が可能かどうかを評価しますが、その精度は7割程度とのことでした。そこで廣森准教授は、無被害の建物と倒壊建物との部分的な違いとして形状と壁面の向きが変化する点に着目し、「不完全な点群に基づく建物構造異常検知手法」の研究を進めました。そこからLiDARの測域センサーを搭載したUAVによる観測データから特徴量を抽出し、機械学習で被害度を分類する研究成果につなげたとのことです。

 

「今後は構造物形状の推定、巡回経路の導出、空間的自己相関に基づいた構造物群結合を組み合わせた手法として取りまとめていきたいと考えています。また物体検出と無線センシングを組み合わせた基盤を応用し、火山灰センシングに活用していく予定です」(廣森准教授)

 

研究の目的と概要

(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 廣森聡仁氏発表資料)

研究の目的と概要

タッチIoT:触れるインターネット実現のための肌感覚送受信機の開発
北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 准教授 ホアンヴァン氏

北陸先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科のホアンヴァン准教授は、触覚やソフトロボティクスの研究に携わる研究者です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択されたテーマは、その専門分野を応用して音声・映像によるCPS(サイバーフィジカルシステム)に触覚を導入する「タッチIoT」の研究です。

 

「サイバー空間や機器・ロボットの遠隔環境に触覚を導入すれば、人とCPSとのインタラクションはより充実すると考えられます。しかし現時点において、汎用的な触覚検知装置は少なく、低遅延の通信環境も十分ではありません。国際標準規格も成り立っていない状態です」(ホ准教授)

 

このような課題を解決するために、ホ准教授は広範囲の視覚により触覚分布を出力できる汎用的な触覚検知装置をインターフェイスとし、触覚データをリアルタイムに取得・伝送してAIが分析する手段の創出に取り組みました。

 

「まず研究に取り組んだのが、視覚による広範囲触覚装置の開発です。装置内部に複数台の小型カメラを設置し、スキンに接触したことによる三次元の歪み・変化量を同時に算出できるものを目指しました。その結果、あらゆる装置に応用できる技術の設計・造形を実現できました」(ホ准教授)

 

続いてホ准教授は、データ駆動型のリアルタイム収集技術の開発に着手、その技術はオープンソースとして公開されています。さらに大容量触覚データを蓄積・共有・解析してインターネット上で送受信できる「WaTT」(Web of Tacrile Thing)という技術を提案、低遅延の送受信も可能にしました。現在は「マッサージ訓練システム」「触覚により協働する群ロボット」などに応用・実装されています。

 

研究成果のユースケース

(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 ホアンヴァン氏発表資料)

研究成果のユースケース

今回は「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」にみる最新IoT技術動向の1回目として「IoTアプリケーション」編を紹介しました。いずれも早期の実用化が待たれる技術ですが、筆者がとくに興味を持ったのは、メーカーとの協業により実証実験が始まった京都大学 新津教授の「環境適応エネルギー・データ統合管理IoT基盤」です。製造業やインフラ関連で急速に普及したIoTが将来に向けて、さらに進歩・発展していくためにも、こうした新しいウェアラブルデバイスと医療を高度に連携させた領域で活用の幅が一層広がっていくことを期待しています。

 

次回の第2回は「IoTインフラストラクチャー」編として、JSTさきがけプロジェクトのなかで研究開発が進められている3つの新技術(暗号技術、データ処理基盤、ネットワーク基盤)を解説します。

 

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富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。