コラム

さまざまな領域で活用が拡大
IoTシステムにおける「生成AI」活用を考える

人工知能(AI)がインターネット上の膨大なデータをもとに新たな映像や文章といったクリエイティブコンテンツをつくり出す「生成AI」が注目されています。
将来的には金融やマーケティング、ヘルスケアなどさまざまな領域での活用が期待される生成AIですが、IoTシステムへの適用も例外ではありません。
生成AIとIoTシステムをめぐるソリューションの動向を紹介します。

あらためて「生成AIとは何か」

2022年11月に人工知能(AI)の開発に取り組む米国OpenAIが「ChatGPT」を公開して以降、「生成AI(Generative AI)」は瞬く間に全世界で注目を集めるようになりました。この生成AIとは、平たく言うと文章・画像・動画などさまざまなコンテンツの作成機能を備えたAIモデルを指します。

 

これだけでは「従来のAIと何が違うの?」という疑問もわきますが、従来のAIと生成AIには決定的な違いがあります。それは、生成AIが「新しいコンテンツを創造する能力を持っている」という点です。

 

従来のAIは基本的に、与えられたデータを取り込んで学習し、パターンにもとづいた予測を行います。その予測範囲は学習したデータに依存しているため、主に定型的な作業や判断を自動化するために利用されています。

 

例えば製造業のIoTシステムでは、生産設備・機器に設置したセンサーが取得した音・振動・温湿度・稼働率といったデータをAIが分析し、過去に保守メンテナンスを実施した実績データと照合しながらパターンを抽出して、故障の発生を未然に予兆したり、部品の交換時期を知らせたりといった役目を果たしています。そうした特定の目的を達成するために機能するのが、従来のAIの特徴です。

 

それに対して生成AIは、与えられたデータだけでなくインターネット上の膨大な情報も取り入れながら学習を繰り返し、人間の思考と同じようにAI自身が考えてコンテンツを創造します。それを実現するには、膨大な情報を高速に処理できるコンピューティングリソースが必要になるため、一般の企業や組織が用意するのは現実的ではありません。

 

しかし、ビッグテックの支援を受けたOpenAIのような組織がクラウドサービスとして公開したことにより、膨大な情報を学習済みのAI(=生成AI)を、誰でも容易かつ高速に利用できるようになりました。これが、生成AIへの注目が一気に高まった理由です。

生成AIは決して万能ではない

生成AIの代表格であるChatGPTが登場してから、多くの人たちが生成AIを利用したコンテンツ作成に挑戦してきました。そこでわかってきたのが「生成AIは決して万能ではない」ということです。

 

物語のような架空の内容の文章、あるいは新しいアート作品といったコンテンツ作成については、生成AIは期待通り、ユニークな結果を提示します。ところが、事実にもとづく高精度な回答を求めている場合、生成AIは事実とまったく異なる間違った結果を提示することがあるのです。これが「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象です。

 

もし生成AIがハルシネーションを起こすことを知らずにその回答を鵜呑みにしてしまうと、取り返しのつかないリスクに晒される危険性があります。例えば自社製品をPRするためのコピーライティングを行う際に生成AIを利用し、その結果が事実とまったく異なっていれば、企業の信用失墜につながりかねません。あるいは自社システムのプログラムコーディングに生成AIを利用し、その結果の不正・不具合を見逃してしまうと、業務に支障をきたす恐れもあります。

 

そうした生成AIのハルシネーションを防止するには、独自の信頼できる情報・データをAIモデルに与えて再学習・追加学習(ファインチューニング)する必要があります。ただし、再学習・追加学習だけでハルシネーションを完全に取り除くことは難しいため、最近は指定した情報・データだけにもとづいた結果を提示する「グラウンディング(接地)」という調整を行うことが有効な解決策とされています。

 

ハルシネーションの例。ChatGPTに「東京エレクトロンデバイスについて教えてください」と質問すると、
間違った回答が表示された

IoTシステムへの応用も始まる

上述したハルシネーションのリスクは懸念されるものの、生成AIをさまざまな領域で利用しようという動きが活発化しています。金融サービスの領域では、財務予測あるいは不正検知といったリスク管理などに生成AIを活用する研究が進んでいます。マーケティングの領域では、自社製品のプロモーションを目的にSNSへ投稿する文章や画像の作成、個客向けにパーソナライズされた魅力的なコンテンツの作成に応用され始めています。

 

一方、製造業では製品設計や品質管理に生成AIを利用する企業が出始めています。またIoTシステムに生成AIを適用し、従来のAIと組み合わせることによって、生産設備・機器の故障予兆や保守メンテナンスをより効率化・高精度化する仕組みの検討も進んでいます。

 

実際、IoTシステムのなかに生成AIを組み込んだソリューションが登場しつつあります。米国シリコンバレー発のIoTベンチャーであるMODE社は、2023年6月に生成AIを搭載した現場管理サービスを発表しました。これは同社が提供するIoTプラットフォームに生成AIを組み合わせ、刻々と変化する現場の状況に合わせて生成AIが自然言語で状況を報告し、人間の業務を支援するというものです。

 

一般的な生成AIの使い方とは異なり、人間の質問にAIが回答するのではなく、IoTシステムの状況を常時モニタリングしているAIが、何らかの異変を察知した際にAI側から適切なタイミングで会話を開始します。また、Microsoft TeamsやSlackといったビジネスチャットツールと連携させ、生成AIに問い合わせるだけでリアルタイムの監視情報を表示するという機能も備えています。]

 

MODE社が開発した「BizStack AI」の仕組み(出典:MODE社ニュースリリース https://news.tinkermode.jp/news/202306-bizstack-ai)

TEDの生成AIソリューション

生成AIに関するソリューションは、東京エレクトロンデバイスからも提供が始まっています。その一つに「Try it! Azure OpenAI Service」があります。

 

Try it! Azure OpenAI Serviceは、マイクロソフトが提供している生成AI「Azure OpenAI Service」をAzure上で安全に社内利用するための方法を学ぶトレーニングです。社内情報を情報漏えいリスクも考慮しながら生成AIと連携させる方法を学習できます。

 

トレーニングでは、Azure OpenAI Serviceの概要やAPIの利用方法、社内データの連携事例解説といった講習が行われます。Azure OpenAI ServiceとTeamsを連携させるアプリケーションやチャットUIを組み込んだWebアプリケーションのサンプルソースコード一式も提供されるので、PoC(概念実証)を短期間で実施できるというメリットもあります。

 

今回のコラムでは、いよいよIoTシステムへの応用も始まった生成AIの最新動向について取り上げましたが、本格的な生成AIの利用は始まったばかりです。今後は生成AIを組み込んだソリューションが続々と登場し、IoTシステムの発展に大きく貢献することでしょう。

 

「TED Try it! Azure OpenAI Service」の概要

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。