コラム
2025.02.18
人手不足解消の切り札になるか?労働集約型産業で進む「AI活用」
少子高齢化による人手不足が懸念される「2025年問題」の当年を迎え、労働力への依存度が高い労働集約型産業では、課題解決に向けた動きが加速しています。なかでも注目を集めるのが、AIの活用で業務の自動化・効率化を進め、人手不足の解消を図る動きです。今回はこれらAIを活用した取り組みのうち、すでに本番運用が始まった事例、あるいは実用化に向けた実証実験が進む事例を紹介します。
「2025年問題」解決に向けAI活用の機運が高まる
少子高齢化が急速に進む日本では、さまざまな社会問題が顕在化し始めています。いわゆる“団塊の世代”が75歳以上の後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上の高齢者という「超高齢化社会」に突入する2025年以降は、医療・介護費や年金などの社会保障費用の負担増、地域社会の機能低下や地域経済の衰退といった問題に直面することが予想されています。そうした社会問題を総称して「2025年問題」と呼ばれています。
2025年問題でとりわけ深刻なのが、生産年齢人口の減少による労働力不足です。なかでも人の労働力に対する依存度が高い労働集約型産業、例えば小売・飲食業、運輸・物流業、土木・建設業などの労働力不足は限界に達しつつあります。多くの事業者は労働環境の改善や高齢者の雇用といった施策を進めているものの、労働力不足の解消には至っていないのが実情です。
このような状況のなか、新たな課題解決策として注目を集めているのが最新技術を活用する取り組みです。とくに近年は進化・発展が著しいAIを活用しようという機運が高まり、労働集約型産業の各業界ではAIの活用事例が続々と登場しています。
以下、各業界の現場で進められているAI活用の取り組みを紹介します。
小売・飲食業の店舗で活躍するAI搭載ロボット
労働集約型産業と言えば、まず思い浮かぶのが小売・飲食業界です。店舗では顧客対応、商品の調理・陳列、在庫管理・発注などの業務全般が人手を介して行われているので、労働力不足が続けば事業継続さえも危ぶまれます。そのため、労働力不足の解消にAIの活用を積極的に推進する企業は少なくありません。
大手コンビニエンスストアのファミリーマートは、2022年から全国の一部店舗を対象に「飲料補充AIロボット」の導入を進めています。このAIロボットは店舗従業員の作業負荷が大きい飲料補充業務を24時間自動で行い、これまで人手で行っていた飲料補充の完全自動化を目指しています。
店舗従業員を増やすことなく、他の業務に当てる時間を創出できるため、店舗の労働環境や売場の質的向上、店舗の採算性の改善といった効果が得られます。
関東地方を中心に回転ずしチェーンを展開する銚子丸は、2020年から「自律歩行型AI配膳ロボット」を導入しています。配膳ロボットは他の大手外食企業などにも導入されていますが、一般的な配膳ロボットはあらかじめマッピングされたルートのみを走行可能であり、ルートから外れた動きはできません。
それに対して自律歩行型AI配膳ロボットは、カメラやセンサーによって位置を把握して最適なルートをロボット自身が判断、障害物を検知しながら運搬します。導入時における店舗内のセンサー取付工事などが不要なので、低コストで導入できるメリットもあるとのことです。

ファミリーマートの店舗内で稼働する「飲料補充AIロボット」(出典:ファミリーマートニュースリリース )https://www.family.co.jp/company/news_releases/2022/20220810_01.html
AIによる「自動運転レベル4」がいよいよ実用段階へ
労働集約型産業のなかでも切実な労働力不足問題を抱えているのが、運輸・物流業界です。2024年4月に運転手の時間外労働時間に上限規制が適用されたため、運転手の長時間残業を前提にした輸送ができなくなりました。とくに路線バス事業者は慢性的な労働力不足に陥っており、路線廃止や減便が相次ぐなど社会インフラとしての機能を損ないつつあります。
この課題解決策として期待されるのが自動運転の実用化です。自動運転は技術レベルに応じて5段階に分類されていますが、労働力不足を解消するためには特定条件下ですべての運転操作をAIで自動化する「自動運転レベル4」が必要とされています。
自動運転レベル4を実現した自動運転バスが実用化されたのは2020年のことです。現在は茨城県境町、茨城県常陸太田市、三重県四日市市、東京都大田区など全国各地で定時運行されています。ただし、いずれも定員最大5~10名程度、時速15~25km程度であり、公共交通機関としてはやや物足りなさが否めません。
そうしたなか2025年2月から国内で初めて中型バス(定員28名)で営業運転を開始したのが、茨城交通が運営する「ひたちBRT」(茨城県日立市)です。バス路線のうち、BRT専用道区間の6.1kmを時速約40kmの自動運転レベル4で走行します。2026年度中には無人での路線バス営業運行の実施を目指しています。
一方、トラックの自動運転レベル4も実用化に向けて動き出しています。2025年3月には国土交通省・経済産業省・総務省などが連携し、新東名高速道路の静岡県区間(駿河湾沼津SA~浜松SA)で深夜時間帯(22:00~5:00)に自動運転車優先レーンを設定、自動運転トラックの公道走行の実証実験が開始されます。実証実験では自動運転トラックの自動発進・駐車、路側機から提供される情報の受信などの検証が行われます。
このほか運輸・物流業界では、AIを活用した配送ルートの最適化、AIによる運行データの異常検知なども実用化されています。

「自動運転レベル4」で営業運行されている路線バス車両(出典:茨城交通ニュースリリース)
http://www.ibako.co.jp/contents/newsrelease/2025/01/29325.html
土木・建設業界では安全性向上にもAIを活用
労働集約型産業でとくに現場スタッフの高齢化が問題になっているのが、土木・建設業界です。
国土交通省の資料(https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001610913.pdf)によると、建設業就労者の約4分の1(25.7%)が60歳以上であり、数年後にはさらに深刻な労働力不足に見舞われると予想しています。このような労働力不足に対して、大手ゼネコンを中心とする各社はAI活用を活発化させています。
鹿島はAIとドローンを組み合わせた新しい「資機材管理システム」を開発。このシステムはドローンが空撮した動画からAIが資機材を認識し、その位置を現場3Dモデルに表示するというものです。建設現場では建設物の構築にあたって多くの資機材を扱いますが、従来の資機材管理は現場の作業員が現場内を巡回して目視と手作業で行っていました。しかし、この手法は膨大な手間と時間を要するだけでなく、作業員が高所・狭所に立ち入るという安全上の課題もありました。
そうした課題を解決するために、自由に移動できるドローンと画像を識別するAIを組み合わせたシステムが開発されました。国土交通省北陸地方整備局が発注した工事の資機材管理に適用したところ、作業時間を約75%削減するという効果が得られました。
清水建設は建設重機用の「車両搭載型安全監視カメラシステム」を開発しました。このシステムは画像解析AIを活用して、建設重機オペレーターの死角となる後方危険区域内にいる人や車両を瞬時に検知し、アラートを発報するというものです。
清水建設によると、建設現場で発生する事故のうち重機との接触が占める割合は約2割と安全管理上の大きな課題でした。システムに採用されたAIには作業員のさまざまな姿勢を推定できる「骨格推定アルゴリズム」が組み込まれており、身体の一部しか画像に映っていない場合でも人の存在を検知できるそうです。貴重な労働力を失わないためにも、非常に有用なシステムと言えるでしょう。

現場3Dモデルに資機材を表示する鹿島の「資機材管理システム」(出典:鹿島プレスリリース)https://www.kajima.co.jp/news/press/202307/19c1-j.htm
ここまで労働集約型産業の労働力不足を解消するさまざまなAI活用事例を紹介しました。AIの活用と言うと、業務効率化・自動化ばかりに目が行きがちですが、各業界の現場を支えるところにもAI活用は確実に広がっています。労働集約型産業では今後も、さらにAI活用が積極的に進んでいくのは間違いありません。
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富樫純一 / Junichi Togashi
ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。
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