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「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」にみる最新IoT技術動向

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2024.03.08

第3回「IoTコアテクノロジー」編
「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」にみる最新IoT技術動向

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国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は2023年12月、同組織が取り組む「JSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業」の成果を発表する「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」を開催しました。同シンポジウムでは日本国内の大学・教育機関に在籍する研究者が取り組んだIoT関連の最新技術について、さまざまな研究成果が発表されました。ここでは、とくに注目すべきポイントを3回にわたり紹介しています。最終回の今回は「IoTコアテクノロジー」がテーマです。


IoTの基礎研究と社会実装に貢献

JSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業は、文部科学省が選定した戦略目標「次世代IoTの戦略的活用を支える基盤技術」の確立を目指し、日本国内の大学・教育機関で最先端IoT技術領域の研究開発に従事する研究者の活動を支援する取り組みです。2023年12月には「さきがけIoT成果展開シンポジウム2023」が開催され、2020年度に採択された研究テーマについての発表がありました。

第1回「IoTアプリケーション」編第2回「IoTインフラストラクチャー」編に続く第3回目の今回は、「IoTコアテクノロジー」分野の研究成果から3つのセッション内容を紹介します。

IoT機器の長期的な安全性確保のためのビヨンド軽量暗号の開拓
兵庫県立大学 大学院応用情報科学研究科 教授 五十部孝典氏

兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科の五十部孝典教授は、暗号・情報セキュリティ研究の専門家です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択されたテーマは、IoTにおけるエッジデバイスの長期的な安全性を実現するために、新しい性質や機能を持つ暗号開発のための研究です。

今回の研究の背景には、日本政府が提唱する未来社会コンセプト「Society5.0」の実現に向けた取り組みがあります。「IoTでつながった人や機器から生み出される大量かつ多様なデータを分析・活用し、新しい価値・サービスを創出するにはセキュリティやプライバシーの保護に課題があります。とくに十分なハードウェアリソースを持たないセンシングデバイスは実装上の制約から物理的な攻撃が容易であり、長期的な安全性を保障するには新しい暗号技術を開発しなければなりません」(五十部教授)というのが、研究のモチベーションになっています。

「IoTデバイスが攻撃者からコンプロマイズ(セキュリティ侵害)を受けた場合、通常の暗号で使われる鍵の秘匿性だけでは安全性が崩壊します。メモリ上に展開された暗号演算の中間値をとれば鍵を見る必要がないからです。そこで共通鍵暗号のビヨンド開拓を行って、ポストコンプロマイズセキュリティを満たす暗号アルゴリズムの開発・評価を行い、社会実装することを研究目標に設定しました」(五十部教授)

研究に着手するにあたり、五十部教授は暗号の解析と設計を両輪で推進しました。暗号を設計するには暗号解析の知識がなければ安全なものはつくれないので、常に最先端の解析技術を開発しながら設計に応用するという形で進めたのです。研究の成果として「Updatableホワイトボックス暗号」と「ホワイトボックス暗号化モード」が開発されました。

「ホワイトボックス暗号は私が以前に開発した技術であり、暗号演算の鍵を含んだテーブルベースの演算に変換するものです。この技術は鍵をとることが困難であるものの、テーブル自体への攻撃という脅威がありました。これを解決するために、テーブルを定期的に更新し、長期的な安全性を保証しようというのがUpdatableホワイトボックス暗号です。また証明可能安全性を持つ暗号モードとして、メモリリークに安全なホワイトボックス暗号化モードを開発しました」(五十部教授)

さらに、IoT向け軽量暗号を設計・評価し、数理ソルバーを用いた安全性解析も行われました。その結果、世界最軽量の低消費回路規模暗号、性能世界一の低遅延暗号、省電力世界一の低消費電力暗号を開発。その成果は国際暗号学会のトップ会議や論文誌にも多数採録されたそうです。

現在は民間の研究機関と共同で製品への実装も進めています。今後は開発した技術の普及・標準化を進めていくとのことです。

Updatableホワイトボックス暗号の概要
(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 五十部孝典氏発表資料)

超高速な多モーダルIoTデータ統合処理基盤
筑波大学 計算科学研究センター 准教授 塩川浩昭氏

筑波大学計算科学研究センターの塩川浩昭准教授は、データ工学・データベース分野の研究に取り組む専門家です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択されたテーマは、リアルタイムかつ多モーダルなIoTデータに対して超高速な分析処理を実現する基盤技術を確立する研究です。

今回の研究背景には「多モーダルIoTデータ分析への期待の高まり」があるとのことです。

「従来は1種類のセンサーを使って状況をモニタリングしていましたが、現在はさまざまな種類のセンサーを複合的に分析し、大量のデータから何らかの知見や推論を行うといったニーズが高まっています。リアルタイムに流れてくる大量のデータに対応するには高速な分析処理が求められますが、そのためには高性能な計算環境が必要になります。しかしながら誰もが高性能計算環境を利用できるわけではないため、IoTのメリットを享受できる社会を実現していくには計算資源の制約を克服した新しいIoTデータ処理を実現することが重要です」(塩川准教授)

そこで取り組んだのが、高性能な多モーダルデータ処理技術の研究でした。多モーダルデータ処理において超高速化・省メモリ化を可能とする新しいアルゴリズム理論の構築、および同理論による高速分析基盤技術の開発を目標に研究に臨んだのです。

「“基調構造”の発見を核とし、『基調構造を捉えた新たなアルゴリズム理論の開拓』『新理論に基づくリアルタイム分析基盤技術の開発』『新理論に基づく分散処理基盤技術の開発』『OSSライブラリ開発と実問題への応用・効果検証』という4つの研究課題を設定しました」(塩川准教授)

塩川准教授によると、基調構造とは頻出部分のデータ集合のことであり、実データは少数の基調構造で表現可能ということです。また同型の基調構造に対する計算結果は一致する決定性があるため、基調構造さえ計算すれば計算コストを削減できる点にも着目しました。

「基調構造は時空間計算量を飛躍的に改善するものであり、例えば単モーダルの約30億件のデータを約6秒で計算することができます。そこで多モーダルなIoTビッグデータの基調構造とは何かを明らかにし、その基調構造を捉えて性能を向上させるという研究に取り組みました」(塩川准教授)

研究を進めた結果、理論から実践まで幅広い成果を創出できたと言います。こうした成果を獲得できたことにより「多モーダルデータ統合や時系列データ処理における高速化・省メモリ化を実現するという理論開拓」「理論に基づいた高速化アルゴリズムの開発とライブラリの整備・公開」「創薬分野における有効性の実証による研究成果の実践」に到達できたのです。

今後は「データサイエンス向けアルゴリズムの開発や社会への普及・展開、国際的な連携体制の構築に取り組みたい」と意欲を示しました。

理論から実践まで幅広い成果を創出
(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 塩川浩昭氏発表資料)

機械学習するIoT通信ネットワーク基盤
東京工業大学 工学院情報通信系 准教授 西尾理志氏

東京工業大学工学院情報通信系の西尾理志准教授は、センシング・コンピューティング・ネットワーキングが融合した新たな情報基盤に向けて分野横断的な研究に取り組む研究者です。今回のJSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業では、通信とAIデータ処理を一体化したIoT基盤構築を目指す研究に取り組みました。

研究に取り組んだ背景は「IoTトラフィックとAI処理の増加と集中」です。

「Society 5.0ではAIとIoTの融合によるさまざまなアプリケーションの創出が期待されており、とくに動画像のAI処理は目覚ましい発展を遂げています。ただし現在のAI処理、とくに高度なディープラーニングの活用はクラウドコンピューティングに依存しており、ここに課題があると考えています。つまり、IoT端末の増加とクラウドへのデータ集約は計算負荷の集中、通信トラフィックの爆発的増加、データ処理・転送の遅延、データ流出リスクの拡大などを引き起こし、持続可能性を低下させる懸念があります」(西尾准教授)

こうした課題の解決を目指し、西尾准教授が提案するのが「機械学習するIoT通信ネットワーク基盤」の構築です。これは通信ネットワークそのものをAI化して、ネットワーク自体が巨大な機械学習モデルとして機能しながら情報伝送と処理を同時に実行するというものです。

「機械学習するIoT通信ネットワーク基盤が実現できれば、データの地産地消が可能になり、情報流出リスクや通信トラフィックを低減できます。今回のさきがけでは、データ集約型AI処理と同程度の予測精度を達成しつつ、データを外部に渡さないという制約のなか、通信トラフィックを100分の1以下に削減する学習・推論プロトコルの設計に取り組みました」(西尾准教授)

分散した状態で機械学習を行うFederated learning(連合学習)、分散機械学習推論手法のSplit Computingをベースに、推論と学習の分散化および通信効率性の向上を目指す研究が進められました。その結果、分散学習における通信トラフィックを90%以上削減する新しい学習メカニズム「DS-FL(Distillation-Based Semi-Supervised Federated Learning)」を確立できました。これはモデルの出力情報を用いて学習することで、学習時のトラフィックを大幅に削減する手法です。さらに、学習モデルのチューニングによってパケット損失耐性を向上させ、再送による遅延と通信トラフィックを削減する「COMtune(Communication-oriented Model Tuning for Split computing)」という技術も開発されました。

「今回の研究により、データの地産地消を実現するAIネットワーク基盤に向け、通信効率が良くデータプライバシー保護も可能な分散推論・分散学習を実現し、通信コストと機械学習性能のトレードオフを改善するという成果が得られたと考えています」(西尾准教授)

機械学習するIoT通信ネットワーク基盤
(出典:さきがけIoT成果展開シンポジウム2023 西尾理志氏発表資料)

ここまで3回にわたり、JSTさきがけ『IoTが拓く未来』事業に採択された研究成果を紹介してきました。世界中でIoT技術が急速に進展するなか、日本の大学・研究機関でも新たな最先端技術の基礎研究や社会実装に向けた開発が進められていることを改めて知る機会となりました。今後も研究がさらに発展し、日本発のIoT技術が世界中で活用していくことを期待します。

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富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。

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