コラム
2026.02.12
AI時代を生き抜くための「デジタル人材育成とキャリア戦略」

AI技術が急速に進展したいま、それに適応できるデジタル人材の育成は企業にとって最重要課題です。AIが定型業務を代替し始めるなか、真に育成すべき“AI時代の必須スキル”を企業が特定し、従業員が“キャリアデザイン”を行うには、どのような戦略や施策が必要なのでしょうか。今回はAI時代に育成すべき人材像を探るとともに、従業員がキャリアを磨くための方策を考えます。
日本企業における「AI活用の現状と課題」
総務省の「情報通信白書」によると、日本企業のAI導入状況は欧米や中国と比較し、依然として慎重な姿勢が目立っています。2025年7月に公表された最新の調査結果では、生成AIの活用方針を策定している日本企業は49.7%にとどまり、米国(84.8%)、ドイツ(76.4%)、中国(92.8%)と比較して大幅に低い水準です。「メール作成」「議事録作成」といった補助的な業務で使用中の割合も、他国が90%を超えているのに対して日本は55.2%と限定的な範囲にとどまっています。
こうした傾向には「業務をAIに任せて大丈夫なのか」「AIが提示した回答は適切なのか」と考えがちな日本企業の慎重さがうかがえます。とはいえ、AIの急速な進化に伴ってAI活用の必要性はますます高まっており、日本企業においてもAIに精通したデジタル人材の育成が急務となっています。
ただし、このデジタル人材は高度な技術力を持つ専門家だけを指すものではありません。データやデジタル技術を理解して経営や業務の改善に活用できる人材が必要であり、とくに重要なのは技術を使いこなす力、すなわちデータを読み解いて仮説を立て、検証結果を業務に反映させる思考力が基盤となります。またAIの特性や限界を理解し、過信や誤用を避けるリテラシーも不可欠です。これらは専門職に限らず、管理職や企画部門、現場担当者にも、共通して求められる能力です。
このようなデジタル人材像は決して固定的なものではなく、技術の進展や社会の要請に応じてアップデートされ続けるものです。したがって、企業は単に理想像を掲げるのではなく、それぞれの立場に応じて自身の役割を発揮できる方向性を示せる人材育成環境を整えなければなりません。
企業の人材育成方針と個人の必須スキルとは
AI時代のデジタル人材を育成するにあたり、企業にまず求められるのが育成目的の明確化です。業務効率化を目指すのか、あるいは新規事業創出を視野に入れるのかによって、育成すべきスキルや人材は異なるため、企業戦略と人材育成を一体化して指針を設計しなければなりません。
その人材育成指針の土台となるのが、管理職から現場担当者までの全従業員を対象とした基礎的なデジタルリテラシー教育です。AIやデータ活用の基礎概念、情報セキュリティ、個人情報保護に関する理解は企業全体に不可欠であり、このデジタルリテラシー教育にしっかり取り組むことによって、企業のデジタル施策は円滑に推進できます。
さらに専門性を高めるための人材育成も欠かせません。実務と連動した研修、外部機関との連携による学習機会の提供は、知識の定着と応用力の向上に寄与します。学習を一過性のイベントで終わらせるのではなく、従業員の恒常的な業務評価やキャリア形成と結びつけることも重要です。
一方、従業員個人の視点に立ってみると、AI時代に必要とされるスキルは大きく3つあります。1つは「デジタル技術に対する基礎理解」です。AIやデータ分析の基本的なしくみを把握することは、業務上の的確な判断や他者との協働を可能にします。2つめは「課題設定と問題解決の能力」です。AIは与えられた条件下で処理を行いますが、何を解決するべきかを定義するのは人間の役割です。業務の背景や目的を踏まえて適切な問いを立てられる力は技術が高度化するほど価値が高まります。
そして、3つめは「コミュニケーションと合意形成の力」です。データに基づく提案を行い、関係者の理解を得ながら意思決定を進めるには、論理的説明と相手の立場を踏まえた対話が不可欠であり、このスキルはAIが代替しにくい人間固有のものと言えます。
公的支援施策の活用により効果的に推進
デジタル人材の育成には、当然のことながらコストと時間を要します。そうした課題に対して、政府は企業や個人向けに手厚い支援策を用意しています。これらの支援制度を活用すれば、企業のデジタル人材育成、従業員のキャリア戦略を効果的に進められます。
コストについては厚生労働省の「人材開発支援助成金」が有効です。これは労働者の職業能力開発を目的とした訓練にかかる経費や賃金の一部を助成する制度であり、別表のコースが用意されています。これらの助成金を活用することで、企業はコスト負担を軽減しながら計画的にデジタル人材を育成することが可能になります。
| コース名 | 主な活用シーン | 特徴的な支援内容 |
|---|---|---|
| 人材育成支援コース | 職務に関連した知識・技能を習得させるための訓練 | 訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成 |
| 教育訓練休暇等付与コース | 自発的な学習を支援する休暇制度の導入 | 労働者が有給休暇を取得し 訓練を受けた場合に助成 |
| 人への投資促進コース | デジタル人材の育成、高度な専門訓練 | 定額制(サブスクリプション型)研修の活用も対象 |
| 事業展開等リスキリング支援コース | 新規事業立ち上げ、新分野進出のための教育 | 助成率が比較的高く設定(中小企業など) |
「人材開発支援助成金」の概要(出典:厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/d01-1.html
個人向けにも、キャリアアップを支援するさまざまな施策が展開されています。例えば厚生労働省が提供する施策「キャリアコンサルティング」は、専門のキャリアコンサルタントによる無料相談を通じて個人のキャリアアップや職業能力開発を支援するものであり、AI時代にどの方向にスキルを伸ばすべきかの助言を無料で受けることができます。
さらに厚生労働省は、雇用保険被保険者や離職者がAI活用などの専門的な講座を受講・修了した場合に受講費用の一部を給付する「教育訓練給付制度」も行っており、専門実践教育訓練の場合には最大80%の費用を負担してくれます。
デジタル人材の育成にかかる時間を短縮するには、学習機会を提供するプラットフォームの活用が効果的です。経済産業省と情報処理推進機構(IPA)が運営する「マナビDX」は、デジタル知識・スキルを身につけるための学習コンテンツを一元的に紹介するポータルサイトです。
ここにはデジタルスキル標準(DSS)に対応した講座が多数掲載されており、企業のデジタル人材育成や個人のリスキリングに活用できます。例えば「マナビDX Quest」というプログラムでは、企業データに基づく実践的なケーススタディや地域企業と協働したオンライン研修を通じて、DX推進プロセスを実践的に学び、現場の課題解決力や変革推進力を養うことができます。
このほか、中小企業や地方自治体、教育機関向けには、厚生労働省の「中小企業リスキリング支援事業」、総務省の「自治体DX推進計画」、文部科学省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」など、それぞれに応じた公的支援も提供されています。
| 施策・指針名 | 主な内容 | 担当省庁・機関 |
|---|---|---|
| デジタルスキル標準(DSS) | DXリテラシー標準・DX推進スキル標準によるスキル体系化 | 経済産業省・IPA |
| マナビDX | デジタルスキル学習コンテンツのポータルサイト | 経済産業省・IPA |
| マナビDX Quest | 実践的ケーススタディ・地域協働型研修プログラム | 経済産業省 |
| 教育訓練給付制度 | 指定講座受講費用の一部給付 | 厚生労働省 |
| 人材開発支援助成金 | 企業の職業訓練・リスキリング経費等の助成 | 厚生労働省 |
| キャリアコンサルティング | 専門家によるキャリア相談・支援 | 厚生労働省 |
| 中小企業リスキリング支援事業 | 中小企業向け個別相談・研修支援 | 厚生労働省 |
| 自治体DX推進計画 | 地方自治体向け人材育成・確保指針 | 総務省 |
| 数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度 | 大学・高専等のデジタルリテラシー・応用基礎教育の認定 | 文部科学省 |
| AI開発・利活用ガイドライン | AI活用の倫理・ガバナンス・リスク管理指針 | 文部科学省 |
AI時代のデジタル人材育成・キャリア戦略に関する主な公的施策や指針

経済産業省・IPAの「マナビDX」(出典:経済産業省・IPA)
https://manabi-dx.ipa.go.jp/
AI時代は企業と個人で共に取り組む姿勢が重要
AI時代のデジタル人材育成は、企業が一方的に施策を実行すれば完結するわけではありません。企業側が学習機会と挑戦の場を用意し、従業員個人も主体的に学び続ける姿勢を持つことで、初めて相乗効果が生まれます。
評価制度や人事配置においても、学習成果や挑戦を正当に認めるしくみが求められます。とくに個人にとっては、変化を不安として捉えるのではなく、自身の可能性を広げる契機として捉える視点が重要です。AI時代における競争力は、最新技術を知っているかどうかよりも、変化に適応し続ける力に左右されるのです。
企業と従業員が共通の認識を持ち、長期的な視野で人材育成とキャリア形成に取り組むことこそが、AI時代を持続的に生き抜くための基盤となるでしょう。
※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一 / Junichi Togashi
ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。
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