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「ブレインマシンインターフェイス」最新事情

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2025.01.20

生成AIの活用も始まった
「ブレインマシンインターフェイス」最新事情

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AI/IoT技術の高度な応用が期待される領域の一つに、医療・ヘルスケアがあります。最先端の医療・ヘルスケア機器の研究開発が進むなか、とくに病気や怪我により身体が不自由な方々の生活の質を向上させる新技術として注目されているのが、脳とコンピュータなどの機械を接続する「ブレインマシンインターフェイス(BMI)」です。今回は生成AIの活用も始まったBMI研究開発の最新事情を解説します。


ブレインマシンインターフェイスとは?

頭に装着したヘッドセットを介して脳の思考を機械に直接伝えて操作する ―― そんなSF物語の一場面をどこかで目にしたことはないでしょうか。このような脳とコンピュータなどの機械を接続する技術やシステムが「ブレインマシンインターフェイス(BMI)」と呼ばれるものです。

その発想は古くから存在し、1899年から1910年にかけて作られたフランスの未来予想図「En L’An 2000」では「教科書の内容を直接脳に送る装置」が紹介されています。本格的な研究が始まったのは1960年代で、人体に人工物を埋め込んで身体機能を強化する「サイボーグ」の概念が提唱されたことにさかのぼるとされています。

1980年代以降は本格的な研究開発が進み、現在までに音声を脳に届ける人工内耳、光の情報を脳に送る人工網膜、脳に埋め込んだ電極から刺激を与えて運動機能障害を治療する脳深部刺激療法(DBS)などが開発されました。21世紀に入ってからはIoT技術をはじめとするITの進化、医学・工学領域のさまざまな要素技術などの発展に伴い、BMIの研究開発も加速、北米・欧州を中心に世界中の国家機関・大学・企業が研究開発に取り組んでいます。

日本では2008年に文部科学省の「脳科学研究戦略推進プログラム」が始動したほか、最近では2020年に始まった研究プログラム「ムーンショット型研究開発事業」でも、BMI研究開発プロジェクトが活動するなど積極的な投資が行われています。

このように発展が続くBMIは、外科手術によって体内にデバイスを埋め込む「侵襲型BMI」と外科手術を伴わず身体的負担の少ない「非侵襲型BMI」の2種類に大別され、それぞれに研究開発が進められています。とくに近年は目覚ましい発展を遂げつつあり、医療・ヘルスケア領域における実用化が現実のものとなってきました。

実用化間近の侵襲型BMI開発事例

近年のBMI研究開発のなかでも、とくに注目されているのが侵襲型BMIの実用化に向けた臨床試験が進んでいることです。

米国のベンチャー企業 Synchron社は2022年7月、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の脳にBMIデバイス「Stentrode」を装着するカテーテル手術を行いました。Stentrodeは脳内の静脈血管内部に網状センサーを挿管し、脳内の神経細胞が発する生体信号を測定して脳外へ送信するというデバイスです。手術から1年が経過した2023年7月には、「患者に死亡や永続的な障害の進行といった重篤な問題が発生していないこと」「血管の閉塞やデバイス装着位置のずれがないこと」「神経細胞が発する生体信号の精度や安定性が維持されていること」を発表し、Stentrodeの安全性をアピールしています。

現在は四肢の不自由な患者が考えるだけで、電子メールを入力したりオンラインショッピングを利用したりといったコンピュータ操作を行えるかどうかという評価を進めています。

Synchron社の「Stentrode」(出典:Neuralink社)
https://www.youtube.com/watch?v=mm95r05hui0&t=5s

また、米国の実業家イーロン・マスク氏が設立したNeuralink社は、2024年3月に同社初となるBMIデバイス「N1 Implant」を埋め込む手術を実施したと発表しました。N1 Implantは頭蓋骨に開けたコイン大の穴に蓋をする形で埋め込むインプラント型のデバイスであり、装置から伸びた糸が脳の神経細胞から生体信号を収集するという仕組みです。

臨床試験の手術は、事故により四肢が不自由になった患者に対して行われましたが、手術後は脳で考えるだけでコンピュータチェスなどのゲームがプレイできるようになり、認知機能にも影響がないことを患者自身が語っています。

Neuralink社の「N1 Implant」(出典:Neuralink社)https://neuralink.com/assets/static/exploded.C8eSmSDu.webp



国内スタートアップが非侵襲型BMIの実用化へ

一方、非侵襲型BMIの実用化も始まっています。慶應義塾大学発スタートアップ企業のLIFESCAPES社は2024年5月、脳卒中などによって手指の運動機能が低下した患者を対象とする医療機器「LIFESCAPES 医療用 BMI(手指タイプ)」を発売しました。

この装置は頭に装着したヘッドセットが検出した生体信号をコンピュータ上に可視化。意図した生体信号が検出されたタイミングで麻痺部に装着したロボットを駆動させ、麻痺の回復を促すというものです。すでに全国各地の病院に導入され、リハビリテーション医療に役立てられています。

LIFESCAPES社の「LIFESCAPES 医療用 BMI(手指タイプ)」(出典:LIFESCAPES社) https://note.com/lifescapes945/n/nec44a84825b4

生成AIとの組み合わせによる発展も期待

このように発展が続くBMIですが、生成AIとの組み合わせによって、さらなる発展・進化が期待されています。BMIデバイスは大量の生体信号を収集しますが、それらのデータを生成AIにより繰り返し学習させることで、より正確に解読することが可能になるからです。

最終的には重篤なALS患者のように眼球が動かせなくなったケースであっても、考えただけで身体機能の代替となる機械が動き、円滑なコミュニケーションが図れる世界も実現できるでしょう。

この生成AIとBMIを組み合わせた研究開発は世界規模で急ピッチに進められています。2024年7月に行われたパリオリンピック/パラリンピックの聖火リレーでは、運動・認知障害を持つ聖火ランナーに適用した事例が話題となりました。

この仕組みはフランスのInclusive Brains社とAllianz Trade社が開発した「Prometheus BCI」と呼ばれるものであり、聖火ランナーの脳波データを生成AIがリアルタイムに受け取って顔の筋肉の動きや表情の組み合わせを瞬時に作成し、本人が外骨格アームを用いて制御できるというものでした。Inclusive Brains社では現在、脳波や表情、視線、発声、心拍などのデータを用いた高度な生成AIエージェントの訓練・開発を続けています。

ポルトガルのベンチャー企業 Unbabel社は2023年11月に開催されたカンファレンス「Web Summit」において、「Project Halo」という研究開発プロジェクトを発表しました。このプロジェクトは非侵襲型BMIと生成AIの組み合わせによって、生体信号のパターンを言語に翻訳するという技術の研究開発に取り組んでいます。

話したりタイプしたりすることなく、何かを考えるだけでメッセージを発信できるので、ALS患者をはじめとする四肢が不自由な患者のコミュニケーション支援に役立つと期待されています。またUnbabel社は、米国OpenAI社との提携により音声の大規模言語モデル(LLM)を使用した声の再現にも取り組んでおり、発声が難しい患者の声を取り戻す技術の研究開発にも取り組んでいます。

生成AIの活用については、現在もAIモデル作成過程におけるバイアス(偏った情報、歪められた情報)の存在、事実に基づかない情報を生成するハルシネーションの発生、プライバシーや倫理的な影響といった課題や潜在的リスクが内在しています。人間の脳と機械を融合させるBMI技術では、こうした生成AIの課題や潜在的リスクも必ず解決しなければなりません。

そして、こうした課題が解決された先には、身体が不自由な患者に適用する医療・ヘルスケア領域だけでなく、すべての人の機能・能力を拡張するBMI技術が登場するのかもしれません。

※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一 / Junichi Togashi

ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。

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