コラム
2025.08.05
製造DXを加速させる「産業用AIエージェント」が続々と登場へ
製造業の多くの企業がデジタル技術の活用によって、あらゆる業務プロセスの変革を目指す「製造DX」を推進しています。それを実現する手段の一つとして「産業用AIエージェント」が注目されており、国内外の主要ITベンダーがさまざまなソリューションの開発・実証を進めています。実際にどのようなソリューションが登場してきているのでしょうか。今回は産業用AIエージェントの機能や用途を探ります。
“製造DX”のための最先端AI技術
製造業では現在、技術の飛躍的な発展や新興国の台頭による熾烈な企業間競争が世界規模で繰り広げられています。そうしたなか、多様化するニーズに応える製品をタイムリーに提供し、顧客から選ばれる存在であり続けるために、製品の品質をさらに高めながらも価格を抑えるという必要性が出てきています。
しかしながら、情勢不安や自然災害によるサプライチェーンの不安定化、少子高齢化に伴う労働人口減少や技能継承問題といったさまざまな難題が立ちはだかり、従来の製品開発・生産プロセスのままでは非常に難しいのが実情です。
これらの問題を解決する手段として、あらゆる製品開発・生産プロセスに最先端デジタル技術を活用しようという機運が高まっています。これがいわゆる“製造DX”への取り組みであり、IoTやロボティクス、データサイエンスなどを組み合わせた省人化・自動化、リスク・品質管理の仕組みが実用化されています。
そして、製造DXをさらに加速させるものとして注目されているのが「産業用AIエージェント」です。産業用AIエージェントとは特定の産業に特化した機能と能力を持つAIシステムを指し、ユーザーの指示や他システムからの情報に基づいた問題解決やタスク処理を行います。与えられた課題解決を実現するために、タスクを分解・計画して次の行動をAI自らが決定する自律性、複雑な環境から必要な情報をリアルタイムに収集・分析して将来のシナリオを予測する高度な問題解決能力を備えていることが、産業用AIエージェントの大きな特長です。
技術的には、クラウドサービスとして提供されている汎用AIシステムを利用するだけでなく、オンプレミス環境に設置したエッジ端末上でAI処理を実行することで即時性とセキュリティーを担保できるという特長もあります。
産業用AIエージェントの機能と用途
産業用AIエージェントは製造業をはじめ物流・建設・エネルギー分野など多様な産業領域において、業務効率化・品質向上・意思決定支援を目的にすでに導入され始めています。
具体的には、現場で取得したセンサーデータや映像情報をリアルタイムで解析して異常検知や故障予測を行い、予知保全を実現する仕組みとして使われています。生産工程におけるパラメーターの調整やスケジューリングの支援にも活用され、無駄の削減や生産性の向上に貢献しています。また熟練作業者の操作履歴や判断基準を学習し、技術的ノウハウの蓄積・継承にも役立てられています。作業者の姿勢や動作をモニタリングしてリスクの高い行動を即座に検出し、労働災害の防止や職場環境の改善を支援するといった安全管理の活用例も増えています。
さらに、需要予測や在庫管理といったサプライチェーンの最適化にも活用されており、季節性や市場トレンドを考慮した高度な予測による柔軟な生産・運用体制を支える例もあります。最近では生成AIを活用してCADデータや過去の実績をもとに新たな設計案を自動生成する機能も登場しており、設計業務の開発期間短縮や創造性拡張の面で効果を発揮しつつあります。
このように産業用AIエージェントは、産業構造全体の持続可能性やレジリエンスの向上、社会課題の解決に寄与する最先端技術として存在感を高めています。
活用領域 | AIによる可能性 | 期待される効果 | |
品質検査 | 画像認識AIによる自動検品 | 精度向上・検査時間短縮・人為ミス削減 | |
予知保全 | センサーデータ解析による故障予測 | 設備停止の回避・メンテナンス最適化 | |
生産計画 | 需要予測と工程最適化 | 在庫削減・納期遵守・コスト削減 | |
技術継承 | 熟練者のノウハウをAIに学習 | 人材不足対策・技能の形式知化 | |
設計支援 | 生成AIによる設計案の自動生成 | 開発期間短縮・創造性の拡張 | |
安全管理 | 作業者の姿勢・動作のリアルタイム監視 | 労災防止・作業環境の改善 | |
産業用AIエージェントの主な活用領域と可能性、そして期待される効果(出典:Microsoft Copilotによる回答をもとに作成)
主要各社の産業用AIエージェントが続々登場
ここからは国内外のITベンダーが提供している主な産業用AIエージェントを紹介します。
- 独シーメンス
独シーメンスは製造業を中心に設計・運用・保全の各工程を支援する高度な産業用AIエージェント「Siemens Industrial Copilot」を提供しています。同社の産業用オートメーションプラットフォーム「TIA(Totally Integrated Automation)ポータル」のエンジニアリング環境に統合されており、自然言語による指示に応じて制御コードの生成や修正案の提示を行うなど、設計リードタイムの短縮とエラーの削減を実現します。また米NVIDIA社のアクセラレーテッドコンピューティングを活用したリアルタイム処理も可能で、品質検査・予知保全・ロボティクス制御など複雑な業務にも対応しています。
- 米GE
米General Electric(GE)は製造業やエネルギー産業の設備予知保全・運用最適化・品質管理などを支援する高度な産業用AIエージェントを提供しています。同社の代表的なプラットフォーム「Predix」「APM(Asset Performance Management)」に統合されており、IoTセンサーから取得したリアルタイムデータを解析して設備の異常兆候を早期に検知し、ダウンタイムの削減とメンテナンスコストの最適化を実現します。また過去の運用履歴や環境条件を学習することで、最適なパラメーターの提案やエネルギー効率の向上にも貢献します。同社が長年蓄積してきた産業機器の知見をベースに高精度なモデリング能力を備え、クラウド環境とエッジ環境の両方で柔軟な運用が可能な点も特長です。
- 日立製作所
日立製作所が提供する産業用AIエージェントは同社のデジタルソリューション「Lumada」の中核を成す要素の一つであり、とくにOT(制御技術)とITの融合を強みとしています。最大の特長は同社のOTナレッジが活用されている点です。同社が長年培ってきた電力、鉄道、製造などの社会インフラ分野における知見や熟練者の暗黙知をAIに学習させ、これを活用することで現場に特化した高精度な判断や予測を可能にしています。またデジタルツインとAIエージェントを組み合わせ、仮想空間上で作業手順のシミュレーションや危険個所を可視化して現場の安全性を向上させるソリューションなども提供しています。
- NEC
NECの産業用AIエージェントは同社の生成AI「cotomi」を中核とした「NEC AI Agent」をはじめとするソリューション群の一つとして提供されています。高度な専門業務の自動化と生産性の向上に注力しており、単に指示されたタスクをこなすだけでなく、ユーザーの依頼に従ってAIエージェントが自律的にタスクを分解し、最適な業務プロセスを設計、業務を自動で実行するという機能を備えています。また自社のDX実践を通じて得たノウハウを顧客に提供しており、工場現場での実際の作業状況をAIが識別・可視化・分析し、生産性向上や技術継承に貢献するソリューションなども提供しています。
- 東京エレクトロンデバイス
東京エレクトロンデバイスは製造業向けの製品サポート業務に特化した生成AIソリューション「FalconAutoPrompt」を提供しています。熟練技術者の退職や人材不足、製品の多品種化といった課題に対応するために開発され、製造装置のトラブル対応からデータ解析、適切なプロンプトの自動生成までを一貫して実行します。独自のプロンプトエンジニアリング技術により、生成AIが障害状況の要約や対応策の提示を高精度で行い、熟練者が不在でも迅速かつ的確なサポートを実現できるのが特長です。「Microsoft Azure OpenAI Service」を基盤としたクラウド環境により、セキュアかつスケーラブルな運用が可能であり、リモート支援によるダウンタイムの最小化にも貢献します。製品サポート業務の省力化と高度化を同時に実現し、製造業のDX推進と競争力強化に寄与するAIエージェントとして注目されています。

東京エレクトロンデバイス「FalconAutoPrompt」の概要(出典:東京エレクトロンデバイス)
https://www.teldevice.co.jp/pro_info/2024/press_241022.php
https://esg.teldevice.co.jp/iot/azure/falconap/index.html
以上の産業用AIエージェントは単なる業務支援にとどまらず、産業構造全体を変革する存在として、さらに進化していくことでしょう。
製品設計から保守サポートまで統合的に活用することで、より柔軟かつ持続可能な生産体制の構築を実現することは間違いありません。また、熟練技能の形式知化や安全性の高度化によって人材不足や高齢化といった社会課題にも対応していきます。
産業用AIエージェントには今後ますます重要な役割が期待されます。
※文中に掲載されている商品またはサービスなどの名称は、各社の商標または登録商標です。

富樫純一 / Junichi Togashi
ITジャーナリスト/テクニカルライター
米国IDGグループの日本法人、旧IDG Japanに入社。
「週刊COMPUTERWORLD」誌 編集記者、「月刊WINDOWS WORLD」誌 編集長、「月刊PC WORLD」誌 編集長などを経て2000年からフリーに。以来、コンシューマーからエンタープライズまで幅広いIT分野の取材・執筆活動に従事する。技術に加え、経営、営業、マーケティングなどビジネス関連の執筆も多い。
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